B20.大学進学と思想

  • 2019.08.06 Tuesday
  • 16:34

JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

 

 大学入試の結果は予定どおり東大と早稲田は落ち、南山と愛教大が受かった。親からは南山の経済・経営に行くことを嘱望されたが、教育大に進むことにする。

 教育大の中でも哲学を選んだのは、政治と思想、宗教と人としての行き方に何かヒントが得られるかもしれないという気がしたからだ。しかし、ほとんどの講義では、眠たくなるばかりで何も得られるものがなかった。

 60年・70年安保が終わった後で、大学には立て看板は立ててあったが学生運動も下火となり、気が抜けたようなキャンパスライフであった。特に愛教大は立地からいっても他大学との交流もなく、孤立したような状況で活気はない。

 当時、学生たちの考え方に大きな影響を与えたマルクス主義、革命マルクス派、中核派、赤軍派などに影響を与えていたマルクス主義というのはどんな理論なのか、興味はあったがなかなかお目にかかるチャンスが無い。北海道から来ていた民青の女子にサークルに入らないかと誘われたり、キリスト教の人に聖書の勉強会をしないかと誘われたりもしたが、心は全く動かなかった。

 

 大学の講義の中で大矢という先生の経済原論だけは、面白かった。社会主義のマルクスの理論と資本主義の元になるアダムスミスの国富論を比較しながらの講義だった。

 アダムスミスは、18世紀近代経済学の出発点とされる「国富論」を著わし、「国や国王が経済を統制するのでなく、一般の商工業者の自由な産業活動を活発化させ、神のみえざる手にまかすことにより、国は自然と富み発展していく」というものである。現在の資本主義国、自由主義国の理論的原点となった。

 マルクスも19世紀に政治学者というより経済学者で「資本論」を著わし、「商品の価値を分析し、労働によって生み出される価値に資本家が余剰価値を付け加えて販売されている。資本家は余剰価値分を大きくとり過ぎている。これを搾取という」と定義した。資本主義は放置しておくと資本家と労働者に分かれ、労働者は永久に貧困から抜け出せず、好況と不況を繰り返し、最終的には社会主義社会に転化し、共産主義の社会が実現すると予告した(ヘーゲルの弁証法が後押し)。

 

 2人とも、経済学者であり、さらに哲学者であった。理論は実践面において20世紀において政治に影響を与え、さらにマルクスの場合は革命理論の中心を担うようになっていく。マルクスは、プロイセンを離脱して無国籍者となり、これが国という概念を外れるインターナショナルな労働者階級の国家を超えた活動を刺激していく。

 

 大矢先生の説は、次のようであった。

「2人の人生を比較してみるとマルクスは悲惨な人生を歩み、アダムスミスは多くの人に歓迎されて一生を終えた。その後の世界はマルクスの理論どうりに動いていない。資本主義は社会制度を取り入れて修正資本主義に変容し、社会主義は資本主義制度を取り入れて修正社会主義となり、この2つはお互いを批判しながらも区別がつかないほど似かよった社会に変容していくだろう」

 

  実際、その後の社会の動きを見るとソビエト連邦は崩壊し、東ドイツは消失し、中国は資本主義を取り入れた共産党独裁になっている。資本主義国も社会保障制度を取り入れて変容している。おそろしいほど先見性のある講義であった。

 この講義により、自分に大きな視点を持つことができるようになる。一つは、経済論というものはどういうものなのかということ。もう一つは、すべての思想の源流となっている哲学とはいったいいかなるものか。

 

 この講義によって、再度、南山大学の経済・経営に行って見ようかと思う下地にもなっていく。

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