3.シャツの由来

  • 2019.05.15 Wednesday
  • 22:52

 南山での学生生活が始まった。経済や経営の授業はほとんど出た。ありがたいことに磯部策司には全く出会わない。予想どうりのサボリ魔だったようで、こちらも講義や学棟では段々気が緩んできた。但し、講義は全く面白くない!講義に使いもしない分厚い講師や教授が書いた本を何冊も買わされたのには閉口した。どうせ、講師や教授がどこにも売れない本を書いて、講義を受けた学生たちに売りつけているのだろう。

 

 ときどき、運動場の端の方にある人形劇の部室に行くようになった。

 部室には、よく、ボスやヨー君、マキコ、オオマサがいて、ボロボロのギターで陽水や拓郎の曲を大声で歌っていた。

 ボスは、太っちょだがとっても優しくて、自分が浮かない顔をしているとすぐに気がついて声をかけてくれた。高校時代に好きだった人に雰囲気が何となく似ている。勿論、顔も声も違うのだが、てのひらと仲間のことをすごく大事にしているような...明らかに確かにてのひらのボスというにふさわしい存在感があった。

 ヨークンはスリムで見かけはかっこいいのだが、キャシャで顔がプードルのよう。サークルの主幹を務めていて、ボスと仲が良かった。

 

 自分は、高校卒業のとき、お祝いに父と着る服をデパートに買いに行った。2人ともファッションには全く知識がない人種である。そのデパートに格安の緑色のブレザーを1,200円で売っていた。少々、大き目であったが格子状に黒の線が入り、その中に黒の点線が入っている。安いので買ってしまった。合わせて、赤いコーデュロイの長袖シャツを買った。自分で服を買いに行くのはそれが初めてである。

 赤い長シャツを着て、緑のブレザーを羽織ってキャンパスをうろうろしていると、その姿をチビ太が見つけ「あーっ!ボールペン原紙みたいーっ!それってボールペン原紙だろー?」と言ってからかって笑ってきた。言われてみれば、確かにボールペン原紙そっくりであった。、恥ずかしくなってブレザーを脱いだ。危うくあだ名をボールペン原紙とつけられるところだった。

 元来、ファッションセンスはない。持っている私服は少ない。いちいち着替えるのは面倒なので毎日赤いコーデュロイの長シャツを着て出かけた(多分、5月中ごろまで着ていたと思う)。

 キャンパスで仲間と出会うと、いつ見ても赤い長シャツを着ている。いつの間にか、自分のあだ名は「赤シャツ」になってしまった。赤シャツはという名は夏目漱石のぼっちゃんに出てくる意地悪い教頭を思い出す。ちょっと不満だったが、ボールペン原紙とあだ名されるよりはいい。甘んじて受けることにした。あだ名で呼ばれるてのひらのサークルの中では、本名を隠すのにちょうどよかったのである。

 

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