A1.出戻り男

  • 2019.06.29 Saturday
  • 16:53

 さて、赤シャツがその後どうなったのかと聞かれてるので、ここから先は口調を変えてエッセイも交えて話しかけるように書いていこうと思います。時系列が過去に戻ったり、ギューンと飛んだりするかもしれませんがその点よろしく!

 

 愛教大に戻った赤シャツは、人形劇部に入ろうか、アーチェリーに戻ろうか考えていたんだ。愛教大は30話にあったように、人形劇部は2つに分かれていた。愛教大も南山と同様に4月になると新入部員を募集する。結局、迷ったあげく30話に出てきた人形劇団「むう」に入ることになる。理由は単純で簡単、かわいいように見える女の子が勧誘のとき多そうに見えたから…!

 新入生勧誘のみさちゃんは清楚な感じ、えみちゃんという子は、バケととん平を足して2で割ったような子で小柄で目が大きくくるくるとしていた。2話で紹介した神野という人物、これはサワという女性と遁走して幽霊部員になっていた。この部で一度も顔を合わせたことがない。

 

 入部してすぐ、新入生歓迎コンパが行われる。考えてみれば、大学に入って1年目(アーチェリー)2年目(てのひら)3年目(むう)と毎年、新歓コンパに新人として歓迎される側に立ったことになる。いい気なもんでしょ?

 新歓コンパは新人たちに上級生が入り、4つのグループに分かれて約1日時間を与えて即席の人形を作らせ、夜の合宿所でお互いのものを見せ合い上級生も含めて批評し合うというもの。南山でやっていたので他の一年生たちよりはお手のもので”桃太郎から始まって、適当に茶番劇を盛り込み、最後は浜辺で着ている服の裏が縞だったという浦島太郎で終わる”というギャグ脚本を一気に書いて見せた。

 新人なのに3年生で特異な存在で注目を浴びていた。2年生としては下級生として扱うか上級生として扱うか?三年生からは新人一年生扱いだった。

 2年生の部員にウリドというのがいて、これがなかなかキャラが面白い人物で、何かある度に「おぉーっ!イョーッ!大型新人!ケンちゃん登場…」と大きな声を掛けてくれる。このサークルでは当然赤シャツではなくケンちゃんとずっと呼ばれることになる。

 部では2年生が主導権を握っていて、部長はショーマ。すごくしっかりとした男だった。

 

 てのひらとの違いは、子供向けだけじゃなく大人向けも含めた人形劇の可能性を追求していたことと巡回公演がなかったこと。全くないわけじゃないけど大学のある場所から中心に回るというもので、泊まり込みの移動式ではない。やっぱり、巡回公演で泊まり込みでなくちゃ、楽しくないよね❗

 そこで、改革を試みた。学園祭用に人形劇作るんだけど、陰でこっそり3人でできる人形劇「つくばねの唄」のリメイク版「赤羽根の歌」を2年のオーヤとえみちゃんをそそのかして作っていた(28話参照)。これが部長のショーマの逆鱗に触れてしまった。

A2.新しい環境

  • 2019.06.30 Sunday
  • 19:19

 愛教大というのは刈谷市の井ヶ谷というところにあり、南山や福祉大と違って田園地帯のとてつもない田舎にあった。いいことといえば校内のすぐ横に洲原池(わりと大きくて湖的)があり、ここは愛知県の花カキツバタの自然群生地で貸ボートもある風光明媚なところ。デートスポットとしてはぴったり!

 欠点は、田舎にあるため他大学とのアカデミックな交流が全くなく孤立していて通うのに非常に不便なこと。通学に2時間半以上かかったことがあったので、愛教大に戻って途中から下宿させてくれと頼んだ。毎日往復5時間以上のロス、これって大変でしょ?

 教育大に戻ったときは、3年生として戻ったんだ。但し、2年時に取得すべき単位はゼロ、そこで3年が受ける講義と必修科目を取得しながら落とした2年時の講義を空き時間全部に埋め込んだ。 人形劇部では一年時のボクのことを知っている人は全くおらず、南山で人形劇をやってたということも話さなかったので、人形劇のことを知らない新人の3年生として受け入れられたんだ。

 

 この人形劇部「むう」には問題があって、2年前まで1つの部であったのが2つに分かれた。そのきっかけになったのが前に話した神野という人物(民青という政治的な問題もあった)と4年ぐらい上になる杉本さんというOB。杉本さんは教育大を卒業した後、東京の芸術大学の大学院生として行っていた。教師になるというより、本物の芸術家を目指していたみたい。この杉本さんは、3年生の女子部員に絶大な人気があって東京まで人形劇団ひとみ座の公演を見に行くということで夏に、大勢で杉本さんの下宿にみんなで押しかけて泊まらせてもらったことがある。

 この杉本さんとはなぜか縁が深くて今でもボクとずっと交流を続け、絵の展覧会にどきどき誘われます。

 

 ひとみ座の公演はボクも見たんだけれどすごい衝撃を受けた。仮面劇という人形劇…人形の代わりに仮面を使い、布が胴体、手は白手袋でシェークスピアのロミオとジュリエットを題材とするものだった。最初の場面で仮面の男が馬に乗って現れるのだが、その馬と騎乗の男の動きがもう従来の人形劇も演劇も超えてあまりのリアルさに身震いがした。このひとみ座の人形劇は、むうの仲間に影響を与え、その後の人形劇の作品に反映されていく。

 

 朝の連ドラ「なつぞら」って見てる人いる?なつに新人ディレクタの哲学科の男の子が影響与えてるでしょ?「アニメはありえないことも本当のように見せること」「ありえない動きが本当の真実を描くことができる」

 連ドラではアニメが対象だけど、そのとき人形劇の表現がそれだって思ったんだ!2年生のウリドは演劇出身で人形劇は演劇を超えられないと考えてたんだけど、むすび座の仮面劇を見て完全に人形劇にのめりこむようになってしまった。

A3.白い悪魔

  • 2019.07.01 Monday
  • 11:47

 劇団むうではひとみ座の影響もあって、異色な人形劇がいくつか作られていった。朝ドラ「なつぞら」のなつじゃないけど人形劇にしかできない表現ってなんだろう?最初は仮面劇の真似からはいった作品をつくることになり、ボクもムチ打ち男の役をやらされるはめに…。

 演技はてのひら時代から上手ではなかったが人形制作では思いっきりデフォルメした人形を作り始めた。自分としてはいいものが出来そうだと内心喜んでいたのだが、部長のショーマからダメ出しをくらってしまった。

 デフォルメしすぎで「他のみんなが造る人形とバランスがとれないじゃないか」と言うのだ。ショックで落ち込んでいたら、えみちゃんがボクを慰めるように捨てる寸前のむち打ち男の人形ををぎゅっと抱きしめてくれた。

 他にも難しいと思われていたマリオネット人形を3人で挑戦的に作り、せりふがなくてシュールな作品として大学祭に出品したりした。

 

 てのひらと違って劇団むうのサークルで巡回公演がないのは、少々物足りなかった。てのひらでの2つの巡回公演、楽しかったのが忘れられなかったんだと思う。そのことを同じ3年のコン君に話すと同感してくれて「冬休みだけれどサークルが巡回やらないんだったら有志だけでやっちゃえ!」と巡回を3年生だけで計画をしちゃった。

 同じ下宿にいた年下の杉浦が稲武出身で宿泊できそうなところ、瑞龍寺の和尚を紹介してくれた。紅葉名所の香嵐渓で有名な足助からさらに旧道の山道を登り、旧伊勢神トンネルをくぐってつづれ坂を降りて稲武の町へ行く計画。現在ではどちらも豊田市に入ったが、当時は冬寒い大変な田舎であり、一番高地の峠の山腹をくりぬいて作った旧トンネルと旧道は細くて人さびしい山道であった。

 

 冬休みが始まるとすぐに現地学校視察と宿泊できる場所の折衝に、サンバーコン君とアジちゃん・ボクの3人(みな3年生)で出かけることになる。てのひらで活躍したボロボロサンバー!またこの車で出かけることになる。あいにくその日は10年来の雪が降りしきる日となってしまった。サンバーに雪でどこまで行けるのかわからないが、とにかく行けるところまで行ってみようとなった。チェーンも持たず、軽のボロボロ車…そのとき雪の怖さ、白い悪魔の恐ろしさを知らずに出かけてしまう。

 小雪が舞う中を車は足助の町に入り、そこからさらに急な坂道となり伊勢神トンネルへ。当時の伊勢神トンネルにはあるうわさが流れていた。そのとき、コン君がその話をしてくれた。

「トラックの運転手が伊勢神トンネルを運転していたんだ。するとトンネルの中を小学校の子どもたちが端の歩道を歩いている。”ああっ、遠足なんだ!”と思って…しばらくして運転手は気がついてゾクッとする!今は真夜中じゃないか…こんな時間に子どもたちが歩道を歩くなんて… 車を止めて後ろを振り返るとそこには誰もいなかった…」

 峠に近づいてゾクゾクしながら昼でも暗い伊勢神トンネルを恐る恐る通過する。トンネルを抜けるとそこは美しい雪国だった。山々、木々が真っ白!そこが峠なので、後は下り道。急なカーブが続き、道は真っ白だったがなんとか稲武地区に入る。途中の数校の小学校に挨拶しながら、稲武の町へ。そこのお寺、瑞龍寺が合宿所になるので住職にも挨拶。ただで泊まれる条件として、朝、晩のお勤めと座禅の修行を全員にして欲しいとのこと。

 交渉を終えた後、いい気なもので雪がたくさん積もっているのが珍しく、3人で雪遊びをする。雪をかけて投げつけられて、いっしょに来たアジちゃんはキャッ、キャッと笑っていた。日が暮れかかったとき、和尚が「今日は泊まっていくのか?」というので帰りますと言うと、怒ったように「早く帰れ、そんな車で行くのか?危ない!」と言い出す。

 

 帰り道、雪で踏み固められた稲武の町中の道はまだよかった。稲武から伊勢神トンネルまでいくつも峠を越す。峠が近づくごとに車のスピードが落ちる。変だなと思いつつも峠を越えて、まぁなんとかと思っていた矢先、最後の伊勢神トンネル手前200mの上り坂あたりで車がとうとう止まってしまった。アクセルをいっぱいに踏んでも前に進まない。それどころか、横に滑り出す。バックして立て直しまたアクセルを踏む。横にすべって崖に落ちそうになるの繰り返し。

 アジちゃんは「どうしたのよーっ、しっかりしてよ!」と笑って言いながら、雪の景色がきれいなので平然としている。笑い事じゃないよーっ、全く!冗談じゃない!ふざけているんじゃない、真剣にヤバイ!

 陽は暮れ始めているし、雪で道が白くなって夕方から峠道は冷えるので凍結し始めている。しかも、地元の人はそこが危険なのを知っているからか通る車は1台もない。車の後ろに2人に廻ってもらって車を押しながらエンジンをふかす。外に出た2人の足元は凍結のためツルツルに滑る。タイヤが空回り、滑って坂道を後ろに後退するばかり…。身体がシンシンと冷えてくる…

 

 「タイヤの雪を取れーーっ!」 その辺りの木切れでタイヤにこびりついた雪(氷)をガリガリと落とし、再び人力で押しながらアクセルを踏みタイヤを回す。失敗すれば人力で後ろから押している2人を車が押しつぶしてしまう。ゾッとしてきた。ゆっくりゆっくりハンドブレーキをかけながらタイヤを回す。雪を落とす・タイヤを回す・雪を落とす・タイヤを回す… サンバーは少しずつ少しずつ峠の坂道を登りはじめた…

 ようやく、伊勢神トンネルまで… 後は下りのみ。雪で滑って崖から落ちないようにゆっくり、ゆっくりと車で滑るように足助の町まで…(もう完全に日が暮れて真っ暗だった)

 いやぁー、一つ間違えば、3人ともそこで凍死して死ぬところだったよ!まったく、高所の凍結した道と雪景色は白い悪魔だった。

A4.真冬の巡回

  • 2019.07.02 Tuesday
  • 17:40

 命がけで下見と学校やお寺への交渉をした準備により、なんとか冬の巡回公演が始まった。サークルとして巡回をしない方針だったので、主に3年生のコン君、オタ君、アジちゃん、えみちゃん、ワタちゃんなどが中心となってメンバーが構成されたが、中に2年生のウリドとオーヤも参加することになった。

 冬の巡回は、夏と違った過酷な環境であった。雪は降るし、屋根からのツララといったらばかでかく10年来の寒波がやって来てとにかく寒い🌁⛄🌁

 学校を一つ一つ回るのだが、運動場から校舎に入るのに雪で埋もれそうなのだ。各学校の公演を終えて瑞龍寺に戻ると和尚が待っている。この和尚はなかなかのできぶつで物わかりはいいが座禅だけはしっかりとやらされた。広い本堂で凍てつく中での座禅。姿勢が悪くなったり、ふらついたりすると長い尺棒で肩を遠慮なくバシーッと叩かれてカツを入れられる。

 このときの寒さは驚異的で、寺で寝泊りしているとき水道管が凍って破裂してしまったりした。部屋の中でも風呂で使ったタオルをハンガーに干しておくとペラペラのするめのように氷つくのだ。外で濡れたタオルをぐるぐる回すとあっという間に凍ってバリバリになる。濡れたタオルでチャンバラができた。北極なみのすざまじい寒さだ(トイレに行くときトンカチが必要というほどではなかったけどね。南極や北極ではトンカチが必要だったって知ってる?おしっこが氷ってしまうんだってさ...笑)❗

 

 そんな厳寒の稲武のお寺の本堂での修行だ。寒い上に座禅では手足の末端が痺れてくる。背筋を伸ばし緊張した中で座禅開始。並んで座っているメンバーの後ろを尺棒を持った和尚が、ゆっくりと歩いてくる。ときどきトントン、バシーッと音がする。「あっ、だれか叩かれた!」シーンとした空間の中で、叩かれまいとメンバー全員がさらに緊張をする。

 そのときだ!メンバーの一人のお腹がググーッと鳴る。合わせて奇妙な音が…プ〜ゥ〜… 寒さと緊張の中での異音に・・・どうにも笑いをこらえることが出来ない!ククッ、フフッ、フフフッ…

 笑いというものはこらえようとすればするほど、緊張の中では笑いは止められない。こんなところで笑ってはいけない、いけないと思いながらも…フフッ、フフフーッ、ウフフフフーッ こらえればこらえるほど・・・ フ、フッ、ウフフーーッ 笑いはどんどんみんなに伝染し拡散する。とうとう、和尚まで苦笑い… 座禅を中止し、そこから和尚のお説教に代えさせることになってしまった。

 

 雪の中での巡回も思い出深いものになったが、ここに参加したメンバーにはいろいろわけありだった。当時、ワタちゃんとコン君は付き合っていたし、1年前はコンくんがアジちゃんにアプローチしていたという。それに輪をかけて部長のショーマはえみちゃんにぞっこんだったし、オーヤはルミちゃんと仲がよかった。そんな人間模様の中で、異例の巡回公演に人形劇のサークルの騒動を大きくしていくことになる。

A5.卒業寸前

  • 2019.07.03 Wednesday
  • 17:42

 サークル活動とは別に慣例のない冬の巡回公演を勝手に行ったこと、また大学祭では劇団に隠れて勝手に3人で人形劇を作ったりした。そのときは、いろいろな形式の人形劇に挑戦をして、例えば操り人形のマリオネットとか、フォークギターで伴奏をつけた無言劇を行ったり、劇団むうの作品とは別に「赤羽根の歌」(第28話のつくばねの唄を参考にした)を作ったりした。南山の赤羽根巡回公演を思い出し、勝手に節をつけて挿入歌とした。

”あかばねの〜 峰から峰への渡り旅〜 誘い誘われ〜いずこへぞぉ〜、まいる〜”

 

 このことで部長のショーマを怒らせてしまうことになる。これには、もう一つわけがあって、部に内緒にして制作したメンバーの中に、どれも部長が好きだった三年のえみちゃんが参加していたことで話をややこしくさえせてしまう。サークル内で問題となって、辞める辞めないの問題にも発展しショーマを困らせてしまった。今思うと、サークルをまとめなければならないショーマの立場に立てば、勝手に物事をアウトサイドでやってしまうボクのような存在はやりにくくてしかたがなかったんだろうね。それは本当によくわかり、今は申し訳なく思っている。

 

 四年生になると講義時間は極端に減る。卒論のためゼミが多くなるが、空時間を2年生で取り損ねた単位の講義をすべて取った。ギチギチに詰めると四年の後期には、全部取れれば卒業できる単位数となってしまった。

 なんだ、四年制大学は一年間休んでも三年間で卒業できてしまうんだ!それがわかると何だか気が抜けてしまって、面白くない!卒業まじかの2月ごろ、半期の授業を行っている教授のところに行って「すみません。先生のこの講義、ボクを落としてください!」と頼みに行った。おかげで、同年代の人と違って半期遅れて翌年10月に卒業となる。

 てのひらのみんなのことだから、きっと赤シャツがまともに卒業したと思えなかったんでしょ(笑)?

 

 南山の経済・経営学科でもそうだったが、愛教大でも勉強は面白くなくて全く頭に入っていない。哲学科でヘーゲルの弁証法の本を読んだが、第1ページどころか一行目からでもチンプンカンプン!教授に、「これって意味がわからないんですが、どういうことですか?…」と聞くと「ドイツ語の原文で読むと理解できるようになるよ」と言われて、ガビョーンって感じ!第2外国語はドイツ語を選んだが、ダンケ シェーン(ありがとう) グーテンモルゲン(おはよう)しか覚えていなかったからだ。

 

 卒論のテーマを決めなくちゃならなくて、どうにも困ってしまって部屋の本棚にたまたま置いてあった本居宣長の本を見つけてそれを題材に選んでしまった。宣長だったらなんとか日本語で原文が読めるからだ(しおりさん、すみません。すごくいい加減で…)

 

 けれども、今思うことは、本居宣長を選んですごくよかったと思っています。宣長は「もののあはれ」と国学の元になった「神ながらの道」を提唱した。西洋はデカルトやパスカルの「人間は考える葦」から始まって哲学から科学が発達してくるんだけど、宣長に言わせると「人間は感じる葦、もののあはれを感じられないものは人間じゃない」とまで言い切って感じる心にすべての価値を置いています。日本文化を見る上でも、世界観を見る上でもこの視点は今の自分のものさしになっています(当時はそのことに全く気づいていませんでしたが…笑)

 

 2つの大学に行ってみて、講義で記憶に残っていることが2つあります。南山の経済講義は「銀行というところは預金総量の何十倍も企業に貸すことができるしくみとなっている。だから儲かるんだ」と言っていたこと。でも、儲かるから何だ!というのが今の心境です。愛教大の哲学科では「かみとしも」。日本文化の「上と下」。日本の神は西洋のGODではなく、上=神=かみ。だから、山川草木、自然も含めて今の自分より奇異な力が かみ=上、力がなくてすこしでもけがれがあるのがしも、そうやって身の回りから文化を見るとなかなか面白いんですよ!

A6.巡回そそのかし

  • 2019.07.04 Thursday
  • 16:30

 単位をわざと落としてもらったため、同学年の人より半年遅れの10月卒業ということになった。てのひらのみんなは、赤シャツがその後どうしたか、ちゃんと卒業したか心配だったんでしょう?

 確かに、自分の人生を振り返ってみると何事も長続きしていない。何か事があるとすぐに辞めてしまう。でも人形劇では「仲間」というものがいかに大事か、いやというほど感じさせてもらいました。それはすごく大事なもの…

 

 むうの中で有志が中心となって冬の巡回を行ったものの肝心の「むう」の中では巡回は定着しなかった。同じ学年の子も卒業し、部の中心だったショーマたちも4年の就職活動のため部には来ず、中途半端な4.5年生として学内に残っていたケンだけが部に出入りしていた。卒論は提出済みだったから週1回半期の講義を受けるだけ。ひまでひまでしょうがなかった。そこへまた新たな新入生が入部してくる。

 新歓が終り、初めての合宿の後で新入生で見込みのありそうな男子を呼んで大学近くの喫茶店で話をした。

ケン「どうだい?むうの人形劇は…」新入生は今一つの反応…そこでこんな話を持ち掛けた。

ケン「人形劇部で一番面白いのは巡回公演だよ!ボクは一番楽しかったなぁ…。今年も巡回をむうとしてはやらないみたいだけど、やりたいものだけで有志でやったらどう?」

新入生「そんなぁ、ケンちゃんそんなこと言うけど、体験したことない僕ら一年生にはできませんよーっ!」(後輩からもケンちゃんとちゃんづけで呼ばれていた)・・・ケン「大丈夫だ、やったら面白いぞーっ!一年生のお前たちが中心になってやるんだよ!ボクも手伝うからさぁ、やったら?」 

 

 サークル方針でやらないと決めているのに、入ったばかりの新入生をそそのかして巡回公演をやろうやろうと勧めているケン。だんだん話が乗ってきて、1年生から2年生に、2年生から3年生に伝わり、とうとう行かないとされていた夏の巡回公演が復活することとなる。4年で部に来なくなっていたウリドも参加してきた。緑のボロボロサンバーがまた活躍することとなる。

 

 ボロボロサンバー公演準備のための合宿、巡回の合宿で後輩たちと寝泊りをし、どんどん親しくなっていく。その中にデメというあだ名の女の子がいた。目が大きいのでデメというあだ名をつけられていた。少し大柄だったけれどデニムのオーバーオールがよく似合う子で、いくつかの活動の中で何となく気になりだす。ケンはオブザーバー的存在でみんなの様子を写真に撮ったりアドバイスをするのが主だったが学生最後の巡回公演が実現できて楽しかった。

 写真を撮ると時々デメの視線を感じる。話すととてもかわいい感じ。巡回公演中の途中で山の中にみんなでハイキングに行ったことがあり、そのとき丸太橋を渡って陽の光を浴びて上を向いた瞬間のデメを撮った。かわいく写ったなと撮った時そう思った。

 巡回の打ち上げコンパでひとしきり騒いだ後で合宿所でごろ寝。隣にデメがいていろいろ夜中まで話す。デメがいろいろ聞いてくる。

「ケンちゃんは4年生を過ぎてるのにどうして参加してくれるの?」

「なんか上級生って感じがしないけどどうして?」

「軽のサンバーってすごくいいよね?巡回公演にぴったりだね!」

 それに応えてケンが「あのサンバーはボロボロだけどすごく思い出があるんだ。合宿終了のあした乗ってみる?」するとデメが「乗ってみたーい!」とうれしそうに応えた。

 大学四年生半と一年生だったが、なにか淡い恋心が始まったような気がしていた。

A7.その後の後日談

  • 2019.07.05 Friday
  • 15:40

 最後の合宿の翌日の朝、合宿所の近くのベンチでデメが佇んでいた。昨日の夜のスバルサンバーに乗せるという約束が頭にあったので乗っていくかい?と小さく声をかけようとしたとき…そのときだった!ウリドが「ケンちゃん、下宿まで車で乗せてって!荷物があるんだ」と他のみんなに聞こえるくらいの大きな声で言った。

 このタイミングで言うか!…今からサンバーでデメとドライブしようと思ってた矢先だ。しかし、大声でウリドが言ったので断ることができなくて…いいよと答えてしまった。泣く泣く男同士でドライブして下宿まで帰ることに…

 

 その後長い不毛の夏休みを迎える。一人ボサーッと何もすることなく部屋にいて、考えるのはデメのことばかり。”あのときの車に乗せるって言った約束をデメの家まで電話かけていいのか、それは駄目なのか…” うじうじと悩み、電話をかけようとするとドキドキしてきて全くダメ!一週間ぐらい悩んで結局なんのアクションもせずに夏休みが終わり、むうの子たちと会う機会もなく半期遅れの卒業となる。そして中学の教師になり、その後、日間賀島の離島の僻地の教師となっていくのである。(どれも長くは続かなかったけど…)

 

 この話には後日談があります。8年後、人形劇団むうのOB会が催されてそこに出席したときのこと。その席にデメがいた。デメはもう結婚していたがお酒を飲みながら、最後の別れのサンバーの想い出話をしたときのことです。

デメから「私、一年生のとき、ケンちゃんに憧れてたんだよーっ。車乗せてくれなくって帰られちゃって…。あのときはケンちゃんのこと好きだった…」

 そんなこと、今告白されても…と思ったがでも「やっぱりそうだったんだ!」と確信めいたものが…。もう一押し、もう一押し足らなかった… ボクはいつもそうなんです(笑)

 

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 さらにまた4年後、突然ショーマから連絡をもらった。あのデメが亡くなったという知らせ。びっくりした。自転車に乗って家に帰ろうとした途中、交差点で左折の大型トラックの後輪に巻き込まれたという。ショックだった。かわいそうなことをした。ご主人もいてかわいい子供もいる中での惨事だ。名古屋の緑区での葬儀にむうのメンバーがかけつけた。

 今思うとものすごく非礼ではあったんだけれど、葬式の香典袋の中にデニムのオーバーオールを着た最後のデメの写真を入れて渡した。自分の心の整理とデメへのお別れの気持ちを封の中に閉じ込めたかったからだ。

 

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 これでてのひらの後、赤シャツが教育大でどうなったかは終わりです。

 その後のことをザクッと話すと島の教師になったものの、途中で死にそうな目にあってその8年後に教師を辞めます。その10年後、香港のデモのようなことに巻き込まれて大騒動。(香港よりずっと小さいけどね)

大騒動になった元凶は高校時代のできごとに原因があって、それは何で哲学科に入ったかということと南山にどうしてきちゃったかと関係があります。ヨー君がボクのメアド見つけてくれて、このLine仲間に入れたのはそのときの出来事のせいです。