29.三学期になって

  • 2019.06.09 Sunday
  • 15:44

 年が明けて、一月になっても相変わらずてのひらの部室に入り浸ってフォークギターなどひいてみんなと歌ったりして楽しんでいた。ところがその月の終わり頃、祖母と住んでいた倉庫へ突然親から呼び出しがあった。

父「どういうことだ。大学の学生課から連絡があったぞ!一日も講義に出てないっていうじゃないか!毎日何処へ行ってるんだ!」しこたま怒られ怒鳴られた。ついにバレたか!この親には、それ以前もそれ以後も自分の人生に色々迷惑や心配をかけることになり、いまもって頭が上がらない。

 

 翌日、教育大の学生課に行き、取り調べを受けることになる。そして、留年の通達、来年度からの受講の意思を聞かれた。一年間1日も講義に出席しなかったのである。当然と言えば当然の報いである。

 久しぶりにキャンパスを歩いているとかつての同僚が自分の顔を見つけて「やぁ、久しぶりだなぁ。珍しい奴がいる。生きとったのか?」懐かしいというより、珍しい生き物でも見るような顔をして話かけてきた。

 この大学は刈谷市の井ヶ谷という田園地帯にあった。この年の3年ほど前まで西三河の名古屋分校と東三河の岡崎分校に別れていたが、統合されて中間地点刈谷市に統合されてここに移転した。名古屋分校時代だったら南山と交流があったかもしれないが、この時代は、名古屋市の各大学とはほとんど交流がなく、孤立していた。

 帰りがけに一枚の白黒のポスターが貼ってあるのを見かけた。教育大の人形劇団「むう」の公演案内のポスターだった。

30.人形劇「杜子春」

  • 2019.06.10 Monday
  • 17:30

 教育大に掲示されていたポスタ―、人形劇団の公演は中区役所の市民ホールで行われると書いてあった。

 家で叱られた後も相変わらず南山に通っていたのだが、てのひらの部室でみんなとしゃべっていた後で公演の当日に中区役所に一人で見に行くことにする。

 

「杜子春」という芥川龍之介 原作の人形劇版だ。動作、人形の作り等は少々雑な感じがした。だがストーリーの後半、様相が一変する。原作は杜子春が母親の地獄での様子を見るに見かねて約束を破って声を出してしまい人間らしさに気づいてハッピーエンドで終わるはずなのだが、この劇で杜子春は母を助けるか迷ったあげく母に声かけせず我慢してしまう。母親は地獄に落ち杜子春は悲しい大金持ちになってしまう悲劇の物語で幕が降りる。

 人間の「さが」を考えさせられる大人向けの劇であった。当時は南山の人形劇と福祉大、名大などでなんとなく風潮が違うようにいろいろな考え方の文化のようなものがあった。児童文化に裏打ちされたもの、児童と離れて大人向けの人形を扱うもの(例えば文楽やパペットマメットなど)、政治色的な色合いを深めるもの、新しい表現を追い求める芸術的なもの…いろんな種類の劇があったということは、それだけそのときの劇の文化活動が各大学とも盛んであったといえる。

 

 後に知ることになるのだが、教育大の人形劇部は2つに別れていて、ひとつは児童文化研究会(民青といって政治的には少し左翼系で子供向けの人形劇)、もうひとつは人形劇団「むう」(子供だけにとどまらず、大人向けも含めた人形劇)。自分が南山に行っている間にいろんな騒動があり、ふたつの部に別れたという。

 

 見終わった後で、栄の歩道を歩きながら考えた「自分はこれからどうなるんだろう。このままみんなと一緒に南山で過ごすのか、やっぱりもとの大学にもどるのか…」

 心の空洞がまた広がり始め、吉田拓郎の”どうしてこんなに悲しいんだろう”の曲が浮かんできて、口ずさみながら家路についた。

31.サンバーでのドライブ

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 17:06

 2月初旬、例のスバルサンバーに乗って南山の部室に行った。部室に自分のものが置いてあった物を家に引き上げる必要があったからだ。その帰りがけにスルメに会った。スルメはアサノ氏に車で送り迎えしてもらっていたので、汚いボロボロサンバーに乗ってくれるかどうか分からなかったが声をかけてみた。サンバー

「どうだい、ちょっと汚いけどこのサンバー乗っていかないかい?」すると「えーっ!、乗せてくれるの?うれしい…私、今日は栄に買い物に行こうと思ってた。そこまでだったら乗せてって!」

 

 名古屋の道は広いけれど車が混んでいて、速く走れない。慎重に運転しながらも、ラジカセを積んで運転していて「借りたレオンのレコード、テープに録音させてもらったよ。聞く?」

「えっ録音までしてくれてたの?レオンさん、すてきでいいでしょう?(笑)…ここで聞かせて!」

 カセットのスイッチを入れ、録音テープから流れる渋いレオンの声と曲に合わせて、適当に口ずさんでいるとスルメもいっしょに口ずさみはじめる。”I've been so many places in my life and time… ” A song for you の曲

 スルメはこの時、とても上機嫌で明るかった。でも、この曲をいっしょに口ずさみながら、この一年足らずの南山での思い出をどうしようと思っている赤シャツの目から涙が溢れ出てきた。寂しさの涙が窓から入り込む外の風に吹き飛ばされていることにスルメは気づくはずはなかった。

 

レオンラッセルの名曲 A song for you  を調べて訳してみた。レオンラッセルは歌手であるがその時の歌手の心情を歌にしたものだ。その当時は意味もわからず、聞いて歌ってたのだが…

 

今までいろんなところを旅してきて沢山の歌を人前で歌ってきた

何千人もの観衆の前で…
でも今は君と僕の二人きり 君だけにこの歌を歌っている

辛いこともあっただろう でも分かってほしい

僕らの仲間たちは大切なことを教えてくれた 惜しみなく真実を与えてくれた
言葉だけで通じないなら メロディーを聞いてくれればいい 
そこに真実が隠されているから

時も場所も関係なく、心から求めている みんなは僕の心の友
もし自分がいなくなってしまっても 一緒にいた日々を思い出して!
二人きりで 歌っていたことを 仲間みんなに 歌を捧げていたことを…

 

自分の身上と心境をそのまま歌ってくれている気がした。

32.秘密のこと

  • 2019.06.12 Wednesday
  • 17:10

 実はてのひらのメンバーの中で赤シャツの秘密を知っていた者が二人いた。時を八か月前に戻そう。昨年6月あたりの何かのコンパのあとだったように思う。

 

 コンパが終わって帰りがけ、お酒の酔いを醒ますため帰り道の喫茶店に寄った。そこには、アサノ氏とスルメがいた。三人で、このサークルのことを楽しいね、人形劇っておもしろい部活だねぇ、ずっといっしょにやっていきたいよねぇ…などと褒めて話し合っていた時のことだ。何気なしに、こんな会話になってしまった。

「すごく楽しい部活なんだけれど、ボクは立場がみんなとちょっと違うから長く続けられないかも…」とつい口をすべらせた。

スルメ「立場が違うってどういうこと?何がちょっと違うの?」

すかさずアサノ氏が「ときどき、2年や3年の講義受けてるだろ?」

スルメ「赤シャツって私たちと同じ1年生だよねぇ?…」

返答に困った「いや、そういうことじゃなくて、ちょっと立場がみんなと同じにできない状況もあったりして…」

するとスルメが「同じにできないってどういうこと?そういえば、赤シャツが名大の校舎に入っていくの、見たことあるよ!」どんどん突っ込まれてしまう。「赤シャツってホントは何年生?名大にも行ってるみたいだし、何か秘密があるの?もしかして…」

赤シャツ「・・・・・・・・・・」

 もしかして…とそこまで追い詰められてとうとう何も言えず、無言になった。そのとき、この楽しい仲間たちと別れのときが来るかも、自分はニセモノの存在なのだと思ったとき、急に目に涙が溢れてきた。

 突然、男が目に涙をためるのだ。スルメもアサノ氏もびっくりして顔を見合わせた。赤シャツは小さな声で「ホントは南山の学生じゃない!このことは絶対みんなに言わないで!」と告白した。

 

 2人はずっとこのことを秘密にしてきてくれてきた。ありがたかった。スルメはそのことを知ってから、少し離れた位置からずっと見守るようにしてくれた。そして優しくいたわるように接してくれていたように思う。空虚なニセ学生とホントの自分の両方を知ってくれてて安心できる唯一のつなぎ橋が彼女だった。

 

 彼女との思い出をもう一つ。当時、人形劇論で仲間同士で熱く語り合うことが多かった。あれは2学期のごろだったか合宿で熱い人形劇論をヨー君やユキコやボスらと戦わせて、議論上赤シャツが孤立したように見えたことがあった。その後、布団を敷いてみんなでごろ寝をした。雑魚寝で布団に入ると隣はスルメだった。

 消灯後、うわ布団とうわ布団の間で手と手が触れ合ってしまった。手を引っ込めようとするとその手がこちらの手を握り返してくる。”アサノ氏がいるのに…”と思いながらも、その手をそのままに任せた。その手はそっと腕の方へいたわるように撫でてくる。議論で孤立したのを心配して慰めようとしてくれたのか、こちらもドキドキしながら手をさするように撫で返す。色の白い滑らかな細い手だった。暖かなてのひらのぬくもり… そこには異端の赤シャツをいたわるスルメの気持ちが感じられた。その手の先には、てのひらの仲間みんなの愛情が拡がっていた。

33.さようなら「てのひら」

  • 2019.06.13 Thursday
  • 11:47

 2月の中頃だったと思う。どこの大学も入学試験のため三学期が終わる時期。てのひらも部員全員集まり一年間の反省会、そして来年度に向けての打合せがあった。

 始まる前に主幹のヨー君にはサークルの会が終わった後、みんなに伝えたいことがあるので話をさせて欲しいと頼んであった。一年の各行事の反省が終り、4月からの来年度に向けての計画そして一年前に行われたと同様に新入生勧誘の計画が打ち合せがなされてた後、部室から外に出て、キャンパスに全員が出て輪を作って円になった。ヨー君が「来期も頑張るぞー!」とシュプレヒコール、全員でガンバルぞー!とシュプレヒコールをした。

 

 その後「赤シャツから何か話があるそうです」とヨー君。

赤シャツ 輪の一番端で赤シャツが話し始めた。

「みんなに謝らなくちゃならないことがあります。すみません。今日でてのひらを辞めることになりました」

 みんなが、ざわつきはじめブッチャーが怒ったような顔をして向かってきた。「えーっ?なんで辞めるんだよーっ!」胸ぐらをつかみかかるような勢いだ。「ごめん。辞めなくちゃならなくなったんだ」

「ずっとみんなをだましてここに来てました。自分は南山生じゃない.........ニセ学生として.........ずっとこのサークルに入れてもらっていたんです。黙っててすみません。本当は教大生で4月からは教育大に戻らなくちゃならなくなったので.........」

 

 みんな信じられないと驚いている。チビ太は唖然として口をあんぐり開けているし、ユキコは黒ぶち眼鏡を落としそうになっている。バケは大きく眼を見開き冗談きついわ嘘でしょーっ?という顔をしてこっちをジーッと見つめている。

 こんなときなんやかんや言ってくるボスやマキコも無言のまま、ヌーボーも相変わらずヌ〜としていてボー然とこちらを見ている。どう話していいか、何を言えばいいのか、どう対処していいのか。説明をしてもこの赤シャツの話すことが本当なのか?この信じられないような事実は、赤シャツがいつもの冗談を言っているだけのように思えていたらしい.........

・・・・しばらくの間、てのひらの輪の中に沈黙が流れた・・・

「今までありがとうございました」そのお礼の言葉でなんとか取り繕ったが、どう説明しても納得してもらえない割りきれない雰囲気がその場をおおった。

 

 その後みんなとどうしたか、どうなったか記憶が定かでない。気がつくと一年前の入学式のとき登った校門までの坂をひとりで下って、ゆっくり歩いていた。悲しく淋しくて心の空洞は大きく大きく広がったが、涙は出なかった。二月の風はまだ冷たく枯葉の舞う中、このときよく口ずさんだ吉田拓郎の歌を心に響かせながら、二度と来ることのない道をバス停に向かって歩いて去っていった。

 

悲ーしぃーだろう?みんなー同じさーっ、おんなじ夜を迎えてる〜

風の中を 一人歩けば 枯葉が肩で ささやくよー

どうしてだろう、このむなしさは、誰かに会えば鎮まるかい〜?

こうして、空を見上げているぅ~と、生きてることさえ空しいよ〜っ

これが、自由ということかしら〜? 自由になると淋ーしぃのかい?

やっと自由になれたからって、涙が出たんじゃ、困るのさーっ

やっぱり僕ぅーは、人にもまれて、みんなの中で生きるのさー

どうしてこんなに悲しいんだろう←リンク】

 

 自由になりたくて教育大を飛び出し南山に来た。今度は南山から教育大へ。自由で勝ってなことをしていた自分にはいつも拓郎の歌にあるような淋しさの空洞があった。その空洞は別れのとき最大限に広がったが、心の空洞に南山の「てのひら」での仲間たちの思い出で埋まっていき、満たされていくのであった。

 

(この南山での1年足らずの体験は、何ものにも換えられない宝物としてその後の自分の生き方に影響を与え、今も心に生き続けています。ありがとうございました)