19.暑い暑い夏の日の我慢大会

  • 2019.05.30 Thursday
  • 14:09

 巡回公演も終ると気が抜けたような日々を過ごしていた。家にいてもつまらないのでてのひらの部室に行くことにした。夏休みにもかかわらす、部室には相変らず、ヌーボー、オオマサ、岩さん、ヨー君やユキコいたかなぁ?…男子部員ばかり何人かたむろしていた。すると、ブッチャーとチビ太に部室の外に呼び出される。

「夏休み中にある計画があるんだ。赤シャツもそれに加わらないか?その計画のために今から民子のところに行く!」チビ太は上級生でも呼び捨てでいう。もっとも呼び捨ては民ちゃんだけじゃなくて、自分だってマキコだなんて呼び捨てで言ってたから人のことは言えないのだが…

 

 暑い暑い夏の日のことである。民ちゃんの住んでたところは、南山から歩いて行ける距離にあり、アパートの一階だったように思う。ぞろぞろと男子たちが民ちゃんの部屋に入るやいなや、その計画の詳細はそっちのけ。

「みんなで暑い奄美大島へ行こうと計画している。今から暑さに耐えれる訓練を行う!今から暑さ我慢大会を始めるーっ!」チビ太がそう宣言し、しまってあった毛布や冬用の布団を引きつりだした。雨戸を締め窓のサッシも締め切って部屋を完全密封。狭いワンルームのアパートに民ちゃんも含め、むさくるしい男たちが7・8人もいるのだ。その段階でもう息苦しくなってきた。さらに、押入れの奥にやぐら炬燵、火鉢や炭もあったような…冬の装備を全部出してきた。毛布にくるまる者、布団にくるまる者、服は民ちゃんの冬用のハンテンや古着まで持ち出して各自どんどん重ね着した。

「いいか、絶対暑いと言わない!暑いと言ったら即・退場!最後まで生き残るのだ。最後まで我慢して生き残ったものが優勝!」もう、すでに部屋はむんむんし始めている。

 やぐら炬燵にスイッチが入れられ、炬燵あんかまで引っ張り出されて抱きかかえさせられた。水はどれだけ飲んでもよい。但し、熱いお茶か熱いお湯!汗が噴出し始めた。息がはぁはぁする…

 もともと自分は寒さには弱いが暑さに強い方で夏でも長袖の赤シャツを着て袖をまくっていたくらいだったが、それにしても”暑い!…あっ暑いという言葉は言ってはいけない!(心の中の声…)” みんなヤセ我慢を言い出していた。

 

「いやぁ、なんてことはないよ。涼しいくらいだぁぜー…」「オレ、寒くなってきたぁーっ」うそつけーっ!額に汗をにじませて、あごから汗がポタポタと落としてるくせに…。けれど、意地で弱音を吐くものは一人もいない。1時間たっても落伍者なし。みんなじーっと我慢強くこの部屋に残っていようとする。熱いお茶を飲みながら「このお茶、もう冷めてるじゃないかぁ」「冷たいんじゃないの、まぁいっぱい飲めや、オヤジ!」そう冗談言いながら熱いお茶をすすって時間が過ぎていく。

 あまりに暑くて死にそうなので、ブッチャーがうちわを持ち出してきて、パタパタパタ、パタパタパタ。熱風がくるだけで、いっこうに涼しくならない。そのうちに「よーし、じゃあ腕立て伏せ10回!」内心ひぇーーっ!と思ったが一人やりだすとみんな続いてやる。汗がポタポタと床や座布団に落ちた。のどが渇けば熱いお茶やお湯が待っている。身体がさらに熱くなる。シャツやズボンがズクズクになってくる。

「よーし、それでは腹筋だ!用意して…いーち、にーぃ、さーん…」ズボンやシャツ、パンツまでズクズクになってくるのがわかる。ジリジリしてきて2時間ほどすると、とうとう言いだしっぺのチビ太が「オレ、もうだめーっ」と言って、ドアを開けて外へ飛び出した。それに続くようにみんな外へ飛び出していった。

 外の空気は新鮮だった。夕方の風が吹き始めていて、死にそうだった身体が生き返っていく。みんなほぼ同時に外へ出たが最後に部屋を出たのは赤シャツだった。優勝商品は自動販売機からのトマトの缶ジュース。あーーっ、身体に浸みわたっていく〜っ、少し塩加減の加わった冷たいトマトジュースの味で身体が生き返っていくのがわかる。「トマトジュースってこんなにうまかったっけ?」というのが優勝者のコメントだった。

 

 汗びしょで濡れてしまった布団や寝具、毛布等を後始末をする民ちゃんがうらめしそうな顔をして、呆然としていたのを思い出した。(民ちゃん、ごめんね!)

20.奄美大島へ

  • 2019.05.31 Friday
  • 16:43

 どうしてこんな無謀な計画がなされたのか、いつから計画があったのか、てのひらのみんなに知らされていたのかよくわからない。記憶にあるのは、どうもブッチャーとチビ太が計画の首謀者だったということだけだった。

 ブッチャーは奄美大島出身で、どうしても人形劇で故郷に錦を飾りたかった。それで、行くことができそうなメンバーに声をかけて極秘のうちに進められた。

 参加したのは、ヨー君、ユキコ、岩さん、赤シャツ、オオマサ、ヌーボー、チビ太にブッチャー・・・そして紅一点、マキコがいた。最初にこの計画の行先を知ったのは、民ちゃんのアパートでの我慢大会。そして、赤羽根巡回公演以後、着々と準備がなされていった。ブッチャーは地元の小学校や宿泊地などの事前折衝と交通関連を延々と一人で準備を行った。たいしたものである。

 

 なんやかんや準備が整い、その夏の8月盆前、とうとう出発の日を迎えることとなる。当時、山陽新幹線は開通しておらず岡山から博多まで通っていなかった。それに、メンバーはほとんど金欠病なので、名古屋からは夜行列車を乗り継いで行くことになる。

 名古屋から、大阪、神戸、岡山、広島、下関へと列車はひた走る。朝方、九州博多に到着。そこから列車を乗り継ぎ、九州を南に下ってほぼ一日かけて鹿児島へ。うんざりするほど、長い列車旅。座ってばかりで、お尻が痛くなった。

 夕方5時鹿児島へ到着、ここから奄美大島へいくフェリーに乗る予定。ところが重大なトラブル発生!

 台風が接近中だということだ。鹿児島の港フェリー乗り場まで来ながら、フェリーの欠航を知ることになる。ブッチャーは天を仰ぎ、みな途方にくれた。ここで引き返すわけにはいかない!

  岩さんの親しい友人の実家が鹿児島にあるということで、連絡を取ってもらうことにする。急な話なのによく受け入れてくれたものだ。岩さんの友達の実家に10名ほどの学生が泊れることになった。地獄に仏とはこのこと。

 この家の居間でテレビの天気予報を食い入るようにみんなで見た。このときほど、天気予報をしっかり見たことはなかった。

 

 丸一日遅れて翌日の夕方、フェリーは奄美大島に出発することになる。

21.船の旅

  • 2019.06.01 Saturday
  • 19:15

 昨日の台風の風雨が嘘のように治まり、鹿児島の港をメンバーを乗せたフェリーは出港する。船旅はなかなかファンタスティックなもので、タイタニック号のように鹿児島湾を雄大な桜島を左手に見ながら進んでいく。甲板を吹く風は台風一過で多少はあったが、爽やかなためメンバーは全員甲板にいて、すばらしい景色に圧倒されながらも、まだ見ぬ奄美大島に想いを馳せていた。このときまで、ブッチャーを除いて、全員このツアーをナメきっていた!

 出港をしても、鹿児島湾を抜けるのに2時間以上かかる。鹿児島湾をぬける頃には、もうすっかり陽は落ちていた。甲板に出ていてもしかたがないので、購入した席、二等客室の部屋に行く。映画や小説で知っての通り、二等客室は船底の最下層の部屋だ。甲板から三階下に階段で降りる。そこへ来て驚いた!

 平らなフロアにところどころに毛布や枕が置いてあり、そこら中に洗面器が散乱して置いてある。先に入った他の客はもう、すでに洗面器を抱いている。ヨー君とオオマサはすぐに青ざめ、こりゃ大変だと思ったらしく早速トイレに駆け込んだ。

 フェリーが鹿児島湾を抜け出て外洋に出ると急にフェリーが大きく揺れだした。チビ太が「大したことないぜ!」とつぶやいた。しかし、それから全員地獄を見ることになる。

 夜、9時を過ぎると船室も消灯となり、船内は小さな明かりだけとなる。台風の影響もあったろうが、船は大きく揺れだし、船室ごとまるで3階建てのビルの上に押し上げられたかと思うと、地の底へ落とされていくような揺れ方。これを延々と何時間も繰り返していく。

 たまらず、さっきまで元気よく大したことないぜ!と言っていたチビ太がウゲェーーッと洗面器にゲロを吐く。続いて、オオマサ、ユキコまでが元気よく、ゲゲーーッ!船室は修羅場と化した。これはたまらないと、ユキコが甲板に上がろうとする。だが、床から立ち上がれない。暗くて階段のところまでも行けない。これが延々と続くことになる。

 

 自分は鹿児島から奄美大島まですぐだと思っていた。船に乗ったらすぐ着くと軽く考えていた。自分だけじゃない、おそらくメンバーの全員そうだったはず。奄美生まれのブッチャーを除いて…

 夜の11時頃、やっと船が港に着いた。奄美大島に着いたかと思うとそうではない。まだ、屋久島であった。そこから、また出港、外洋に出る。日本地図を見て調べて欲しい。鹿児島湾を抜けるだけで相当の距離があり、奄美大島まで直線で250km、しかも奄美に着く前にいくつかの島を経由してフェリーは、奄美そして沖縄へと進むのである。

 

 翌朝、フェリーは奄美に到着。全員、死にそうな顔でフラフラだった。台風で鹿児島で1日待ったので、着いてからの予備日もなくし急遽最初の公演地の小学校に向かうことになる。

 

22.奄美での楽しき日々

  • 2019.06.02 Sunday
  • 19:20

 赤羽根の巡回公演は一つの学校を拠点に周辺の学校を回る形式をとっていたが、奄美大島での巡回公演はいわゆるフーテンの寅さん方式、つまり、各学校で寝泊まりしながら順次、借りた大型ワゴン車に乗って移動をしていく形式だった。島というとそれまで愛知県の篠島と日間賀島のイメージしかなかった。ところが、グーグルマップなどで見て調べてほしい。奄美大島というのは知多半島と渥美半島を合わせたよりも面積が大きくて広いのだ。このことでも奄美大島というものをナメていた。

 それぞれ、学校で公演して寝泊まり、また次の学校に移動して宿泊、公演また移動。3日目ほどでようやくその生活に慣れたころ、その地区の学校で夕方、盆踊り大会が行われることを知る。夕方になると、その地区の人達が集まってくる。数人ではあったが島娘たちが浴衣を着てやってくる。ユキコもオオマサもヨー君もヨダレを流さんばかりに喜んだ!もちろん、赤シャツも…

 メンバーも地元の盆踊りに飛び入り参加、若い浴衣を着た島娘の後に続いて見よう見まねでいっしょに盆踊りを踊る。ユキコがめっちゃめちゃ楽しかったよと言うはずだ。参加したマキコが男子部員達の様子を見て呆れて笑っていた。

 

星砂

 奄美大島の海は愛知の渥美半島とはまた、一味違う大自然の海であった。車で海岸線を移動、すると沿岸に巨大なタンカーの難破船が打ち上げられているのだ。まるでパイレーツ オブ カリビアンのように岩礁に乗り上げ、そのまま傾いて放置されている。

 移動先で海があまりにもきれいなので立ち寄ることになった。真っ白い砂浜であり、海水がコバルトブルーで透き通っている。足を踏み入れるとそこは砂ではなく全部星砂。星砂は海の有孔虫の殻で星砂を手にとって見ると無数の小さな星の形をしている。

 海は浅瀬で砂浜は星砂できれいなのだが、50mほど先の海はなぜが浅黒い。後でわかったことだが、それはサンゴ礁であった。

 広いビーチにいるのは自分たちメンバーだけ、プライベートビーチだ!マキコはあまりの美しさ、南国のビーチ風景に狂気した。全員、ブッチャーから水着を持ってくるように言われていて海水パンツに着替える。マキコだけが車の中での着替え。男子メンバーは、サンゴ「ビキニかなぁ…それともワンビース?」そう言ってにやけていたが、セパレートタイプに白いタオル地のカーディガンのようなものを羽織ってきたので「なーんだ!」といってガッカリした。
 赤シャツとマキコは日焼けを恐れ、少し泳ぎにくかったが、薄いトレーナーを着たまま海の中に入った。

 シュノーケルをつけて海に潜った。驚いた!ほんの深さ1〜2m潜るだけで、美しいサンゴと魚の群れ。しかもエンゼルフィッシュのような美しい魚たち。夢のような時間を過すことになる。

(これらの写真はもちろん当時のものではないが、マジにこのような海だった)

23.天国と地獄

  • 2019.06.03 Monday
  • 16:30

 サンゴ礁の海は想像以上にきれいですばらしい。知っての通り、珊瑚はそんな深いところではなく、水深1〜2mほどのところにあるので、身体を伏せればもうそこは天国の別天地。波間にプカプカ浮かんで顔を海水につければ、きれいな珊瑚と魚たちと戯れることができる。ずっと背を南国の太陽の光に当てたまま、顔と胸と腹だけ海水につけていたことになる。

 ずいぶん時間が立ってからヌーボーが「なんかヒリヒリするなぁ。僕もシャツを着て泳ごう」…しかし、それはもう手遅れだった。2時間ほど遊んだだろうか。海岸にあがり、次の小学校の宿泊地へ向かった。この後、ほとんどのメンバーが地獄を見ることになる。

 

 次の宿泊地へ着くやいなや、ヨー君が背中が痛いと言い出す。同じように、オオマサ、チビ太、ユキコ、ヌーボーもシャツを脱ぐと背中が日焼けして真っ赤だ。ここは、南国の奄美大島、紫外線の量が半端ではない。いたずら半分で彼らの背中をパチンと叩くとうぎゃぁーーっと飛び上がるほど痛がる。笑って追いかけて、逃げ回っていたが、その日焼けの痛がる様子がだんだん尋常ではなくなってきた。

 そのうちに、学校の休息所でみんなうつぶせになって寝込んで、「うううぅぅぅぅーっ あぁ、うぅぅぅーーーーーーっ」とうなり声を出す始末。自分も首筋、手の甲あたりはヒリヒリしたが大したことはない。その時点で生きていたのは、奄美のブッチャーとシャツを着て泳いだマキコと赤シャツの3人だけ。

 南国の太陽を甘く見ていたのだ。その後、学校の休息所は地獄の修羅場と化していく。過度の日焼けで、皮膚から水泡ができ始める。それが時間が立つほどにどんどん大きく膨らんで成長していく。どちらかというとユキコは色黒で軽いようにも見えたが、もともと色白のヨー君、オオマサ、チビ太は重症だった。休息所はそのまま宿泊所になり、一晩中メンバーのうなり声で夜は眠ることができなかった。

 翌日の朝、事態はさらに悪化していく。その水泡と水泡が合わさり、どんどん大きくなって背中全体が巨大な水泡と化していた。そのような水泡は後にも先にも見たことがない。

 そんな状態で人形劇公演をしなければならなかった。顔の黒子はつけたが、黒シャツは着ずに裸で公演…水泡の背中に何かが触れるたびに、ウゥゥーーッ アァァーーッ 声を押し殺して、うぅぅーっ あぁぁーっ…劇は進められて行った。

 公演後、マキコがみんなの水泡を針で手当てに入った。針を火であぶって消毒して水泡の皮を破いていく手術!水泡の水が飛び出て皮が剥がれ、ベロベロに剥けて見るも無残!男たちはヒィーッヒィーッと声を上げて逃げ回った。

 

フェリー 奄美大島から帰るときには多少おさまっていたが、フェリーの中で皮が剥がれてポロポロ床に落ちる。マキコに汚いねぇーっと言われながらも日焼けのやけどの痛みでも命があったことをみな喜んでいた。

 帰途のとき気がついたのだが、フェリーは沖縄から奄美、屋久島、種子島、鹿児島と寄港しながら乗客を運んでいく。寄港するたびに乗客の日焼けの色が薄くなっていく。やはり、南に行けば行くほど陽が強く肌が黒いのだ。奄美大島への巡回公演は、天国と地獄を兼ね備えており、そのあまりの過酷さに、その後どうやって名古屋にまで帰ってきたか、まったく記憶にない。

 

 人形劇部てのひらの暑い暑い夏も終わり、南山大学での生活は二学期を迎えることとなる。

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