B13.あこがれ

  • 2019.07.24 Wednesday
  • 16:11

 考えてみれば、骨肉種で脚を失って傷心している友人に初対面の女性が病室に入って行って心を癒すことなどできるわけがない。旧知の男友達の自分でも慰めの言葉一つかけることすらできなかった。病院前での澤田さんの病室にまで行かない判断は、賢明であったように思う。

 けれど初対面なのに何か力になれないかと見まいに付き添ってくれ、本に心を込めて赤線を引いて渡してくれた彼女の所作に感服をしていた。その後も彼女と人生論・世界観・生き方など何でも話すようになり、電話をかけるたびに1時間や2時間話し続けるのは当たり前のようになっていった。自分の中で彼女に対する敬愛と恋慕の情が沸きはじめていたのである。

 小林の見舞いを通じて、生きる、生き甲斐を持つとはどういうことか考え始めていた。

 

 十二月のある日、彼女から電話がかかってきた。彼女の受験勉強中なのでこちらからの連絡は控えていたのだが、彼女の方から会って話がしたいと言ってきた。澤田さんから誘ってくるなんて何だろう?と思いながら金山駅の改札口で待ち合わせとなる。金山駅から少し離れたシャレたパステルカラーの喫茶店を選んで2人で入った。

「ごめんね。ケンちゃんもそろそろ進路決定で忙しいんでしょう?」

「いや、ボクはこれからなんで、まだ方針も決まってない。明枝さんこそ忙しいんでしょう?受験はどこを目指してるの?」

「わたし?わたしは… 実はね…そのことで悩んでるの…」

普段明るい澤田さんがなぜか、その日は表情がさえない。こんな人でも悩むんだと思いながら、彼女の眼を見つめながら話を聞く。話を聞きながら、彼女に想いを寄せていた僕はどうしても聞いてみたいことがあって思い切って言い出してみた。

「明枝さん、明枝さんって好きな人いる?」

澤田さんはニコッと笑って「それは、ケンちゃんよ!」と言った。内心、ドキリとしたがすぐに「嘘だぁ、僕じゃないでしょ?」わざととぼけて言い返してしまった。

「そうよ、ケンちゃんよ」また、笑って言う。そんなはずはないと思った。生長の家の中で多くの人に慕われている彼女が僕をいきなり恋人と言うはずはないと思ったからだ。真偽を確かめるために彼女の顔を見つめていると…

「ごめん、うそ。わたし、わたしね・・・あこがれている人がいたの。その人がいる大学にわたしも入りたいと思ったんだけれど全然学力が追いつかないし…」

「えっ、それは誰?」あこがれの人がいるという言葉にショックを受け、聞きただすことにする。彼女は詳しくは話さないが口ぶりで、どうも生長の家の生学連つまり大学生でどうも自分の知っているあの人らしいとわかってきた。錬成会で僕ら高校生のグループに一人ずつつけられた大学生の一人で、キリッとした感じの人だったように思う。

「ケンちゃんは自分の高校で活躍してわたしすごいって思ってたよ・・・。その人も大学ではすごく活躍してて、わたしはその人に影響を受けていっぱいいろんなことを学んだわ。あこがれて寄り添ってみたいと思ってたんだけれど、でもダメだった。わたしのこと振り向いてもくれない」

 

 そうだったんだ。澤田さんには憧れて好きな人がいたんだ!彼女の話に驚いた。

「でも、女ってね、好きになってしまうと弱いよね。まったく相手にもしてもらえなくって、まるでダメ!だから進路が決まらない…」

香りのいいおいしいコーヒーが出されていたのだが・・・。澤田さんともあろう人が恋愛となるとどうにもならない一人の女性としての顔と弱さを見せていることに驚いた。ひとこと、”ボクは明枝さんのこと好きです”と言い出したい想いにかられたがそのときはそんなこと言える自分ではなく、彼女の悩みを聞いてあげるだけの存在としてその場にいた。

 なぜ、好きだと言われてすぐにボクも好きと答えられなかったのかというと自分が年下であり、彼女を慕う人は大勢いた中で自分のことを好きだということ事態を信じられなかったからだ。でも、それに対して答えられない自信のない自分を悔やんだ。

 

 外は雨が降りしきっていた。傘をさして2人で駅の方に向かって歩いた。彼女の受験と自分の進路のこともあって、当分の間は、彼女とは会ったり話したりできなくなるだろうなと思いながら、雨の中を、金山の街を通りながら歩いた。歩きながら、何で僕は彼女に呼び出されたんだろう?と考えていた。地下鉄の改札口に入っていく彼女に”さようなら”と声をかけて、姿が人ごみに消えていくのを見送った。

B14.思想と進路

  • 2019.07.25 Thursday
  • 14:20

 仲のいい友人たちの中でもヨーボとは、社会体制のことや反戦のこと、政治のことなどをよく話したり議論したりしていた。

「俺は戦争なんて絶対反対なんだからな。ケンジはよくあんな右翼的な集まりに出入りできるなぁ」

「右翼、右翼って言うけど、オレは右翼なんかじゃないよ。社会主義の平等の方がいいかもって思ったりもする。右翼って言われる人たちだって戦争なんかやりたいと思ってる人なんか一人もいないし、平和の方いいってみんな考えてるよ。右翼だって反戦だよ!」

「じゃあ右翼と左翼って違いはなんだと思ってるんだ?」ヨーボが聞くと…

「左翼の人が言ってたけど、もし日本が攻められら自分は外国に逃げるって言ってた!ボクはそれはないかなと思う。同胞が殺され始めたら、しかたがないから日本を守るためにいっしょに戦うね。それがぼくの中の右翼的考え方だよ」

「左翼はインターナショナルっていうけどねぇ、日本が攻められたら俺はどっちかなぁ?」ヨーボがわからなくなってウーンとうなった。

「共産主義や社会主義は強制的に平等にするために革命でいっぱい人を粛清したんだろ?社会主義と資本主義、いったいどっちが平和的なんだい?」

 ヨーボは答えられなくなった。ヨーボだけではない。当時の世界は自由主義国のアメリカと社会主義国のソ連とがし烈な核競争を行っていて、いつ戦争が始まるかわからないような世界情勢であった。

 

 高校も三年ともなると受験の進路を決めなくてはならなくなる。成績はストライキ以後、試験の答案用紙を白紙で出したり勉強しない時期もあったりで、全く芳しくなくB群に甘んじていた。B群という名目で集められた者は有名大学に進学できないグループのクラスのことだ。親は商売をやっていたので家業を継いでほしくて経済・経営方面を望んでいたが、自分としては教育系に進んで子どもたちに未来を託してみたい…そんな気もしてきてどちらに進もうか迷っていた。

 

 相変わらず生長の家は高校生対象の錬成会を行っていた。そこに参加すると高校生相手の指導インストラクターとして大学生が数人いた。その中に愛教大に通っている沙織さんという人がいた。小柄で清楚な感じの人だったが、愛教大だということで大学の雰囲気をつかむため、大学の様子と進路のことについて相談してみた。

 

 愛知県の教育大は2年前まで三河地区の岡崎校と尾張地区の名古屋校に分かれていたが、今は一つにまとまって刈谷市に新しくできたばかりの新校舎ですごしているとのこと。沙織さんは、

「えーっ?ケンちゃん、教育大志望してるの?うれしいわ。ケンちゃんが来てくれるならすごく心強い。これで教育大も百人力だねぇ」と喜んでくれた。別に教育大に入って生長の家の活動をやろうと思っているわけではないので苦笑してしまった。

 

 もう卒業してしまった澤田さんは、今どうしているのだろう?何か進路について参考になることを聞き出すために、相談に乗ってくれないかなと思うようになっていた。

B15.衝撃のデート

  • 2019.07.26 Friday
  • 17:54

 思い余って卒業してしまった澤田さんに連絡をしてみることにした。半年前、何で自分が呼び出されたのかすっと気になっていたし、金山の喫茶店で会ったとき、彼女から好きな人がいると聞かされて、自分のことは何も言い出せなかったのを悔やんでいた。こんな自分でも言っていいものなら、告白するだけでもしたいと思うようになっていた。また、高校を卒業後、彼女がどうなったのかも知りたかった。

 電話をかけると彼女は気さくに応えてくれた。どうも、生学連の大学生とはうまくいかず、大学に行かずに就職をしたということがわかった。休日に栄で落ち合うことになり、今度こそは自分の正直な気持ちをぶつけてみようとドキドキしながら意気込んで栄に向かった。

 

 久しぶりに会う澤田さん…それは社会人となり、すっきりとした服を着て大人の雰囲気をかもし出している一人の女性であった。高校生のとき見せていたおちゃめな感じがなくなり、化粧もしていてなんだか違う人になってしまったような感じがした。

 彼女の話によると、大学には行かずそのまま会社に就職し、コンピューターのプログラマーの仕事をしているという。ものすごく人間的な人だと思っていたので、コンピュータ関連のところに就職したと聞いて意外な感じがした。その頃、パソコンという存在はなく、コンピュータというと巨大な大型コンピュータばかり。入力はキーボードではなく紙テープのパンチ入力。話を聞いて、澤田さんの人柄を生かせそうも無い、非人間的な職場環境のような気がして不思議な気がした。

 

 積もる話で長話となり喫茶店から出て、セントラルパークのベンチで話した

「そうかぁ、ケンちゃんは先生になりたいの?それとも経営者?」そう聞かれて、返答に困った。迷っているから相談も含めてしようとしてたのに…

「明枝さんは、その後どうしてた?」

「わたしは受験を止めて、会社に就職しちゃった。コンピュータ室って、エアコンがすごく効いててね、わたし体調崩しちゃって入院してたんだ」

 元気そうに見えた彼女が体調崩すなんて、それも意外だった。そのあと彼女から衝撃の言葉を聞くことになる。

 

わたし、結婚することになったの

「えっ?、結婚?

 

 あまりの突然の言葉に何を言ってるのか、どうしてそうなってしまったのか、全く理解できなかった。好きな人ができたならわかるが、社会人になってすぐに結婚するという言葉が彼女から飛び出すなんて…

 彼女の話によると、体調を崩して入院している時に職場の男性が何度も何度もお見舞いに来たという。初めはその人に対して特別な想いはなかったそうだが、高校時代の彼がはっきりしない中で、あんまり何度もその同僚の男性が見舞いに来るのでだんだん情が移って想いが変わってしまったという。

「病院を退院したら彼の家に来てくれって言われてね。行ってみると親に”結婚する人”だって紹介されちゃってね、いつのまにか受け入れることになってしまったの。策略だよね、あれは…」と他人事のように笑って冗談のように彼女は言った。

 

 そんなばかなと思った!そんな単純なことで結婚を決めてしまうのか?彼女の言ってることがほとんど信じられなかった。

B16.別れのとき

  • 2019.07.30 Tuesday
  • 01:09

 今度こそ告白してみたいと思っていたのに、まさか結婚話にまでなっていたなんて、それはあまりにも衝撃的で、高三の自分にはショックだった。気持ちを落ち着けるために、栄のセントラルパークより景色のいいところで話を聞こうと思い…

「ねぇ、テレビ塔に上っていい?」彼女はニコッと笑って付き合ってくれた。(当時、東山動物園とテレビ塔は恋人が別れる名所だったらしく、彼女はそれを知ってたかどうかわからないが僕は知らなかった)

 テレビ塔の最上階で名古屋の街並みを眺めながら、結婚する相手はどんな人だろうと思って聞くと…

「それがね、すごくわがままな人なの。病院での見舞いもそうだったし、彼の実家への誘い方もそうだったし、強引で”こうしたい”と思うと何度もしつこいぐらいしたいようにしてしまう人…」

 話を聞いてそれがどうしても魅力的な人に思えない。そんな人の申し出に、なんで澤田さんともあろう人が乗ってしまったのか?結婚する相手の人のこと本当に好きなのか?愛しているのかどうか、わからないような口ぶりだった。

 

勇気を出して聞いてみた「明枝さん、それで今、幸せなの?」

 

彼女はニコッと笑って…「それでも、わたし幸せよ!」と答えた。もうこれ以上、何も聞くことはなくなってしまった。彼女が幸せだと言うのならもうどうしようもない。

 

 彼女と別れた後も、ものすごく気分が悪かった。割り切れない気持ちでいっぱいだった。相手の人がものすごく素敵な人だというのなら仕方がない。けれども、どう考えても澤田さんにふさわしい素晴らしい人だと思えてこなくて、残念な気持ちが湧いてきてしまう。

 もしも自分が彼女の入院を知ってたなら、僕だって何度も見まいに行ったのに!こんな自分でも、もっと早く「好きだ!」と言える機会があったんじゃないか、しつこいぐらい告白した方がよかったんじゃないか、もしかして半年前に金山に呼び出されたとき自分の気持ちをはっきり言えればこんな早期結婚を防げたのではなかったか、そんな思いがぐるぐると頭の中を駆け巡った。

 

 ヨーボの家は矢場町の近くにあって、栄からとぼとぼと歩いて行けた。ヨーボの家は当時家電の問屋をやっていて、3階建の倉庫のようなところに住んでいて、下から窓に小石を投げるとヨーボがいれば窓を開けて部屋に入れてくれる仲間のたまり場のようなところだった。ヨーボを呼び出して「今までのいやな自分と思い出を燃やしてしまう。つき合え!」と言って家の隅にあった焼却炉に彼女との思い出の手紙や想いをしたためた紙をマッチで火をつけて燃やした。

 つき合わされているヨーボは何のことかわからず、変なやつだなぁと僕のすることを見つめていた。

B17.柔道部との共同生活

  • 2019.08.01 Thursday
  • 11:16

 僕の高校は柔道が強く、よく県大会から全国大会に出たりしていた。同じクラスに体格が大きくて柔道部のエースの青木というのがいた。夏休み前にこんな話が持ち込まれた。

「俺の父さんの実家が岐阜の山奥にあって今は空き家になっている。夏の間そこへ行って共同生活しながら受験勉強しないか?山奥だから涼しいぞ」

 失恋の心の痛手もあったし、自分の家で暑い夏を一人で受験勉強するのもつまらないと思ったのでその申し出を受けることにした。勉強用のテキストや問題集をリュックに詰めて岐阜駅に集まる。そこには柔道部の連中と合わせて5人、バスに乗って岐阜の山奥へ。バスは1日3便しか出ておらず、岐阜駅から2時間以上山奥へ突き進む。バスを降りると部落はあるが、そこから川沿いの道をさらに20分ほど登っていくと古い平屋の家が1軒あり、そこが青木の実家だった。

 

 柔道部の連中は皆体格がよく猛者で、その中に一人、痩せて小柄な自分がいる。青木の父さんの実家は電気だけは通っていたが全部で4部屋、各部屋みんな裸電球。家の外にはたくさんの薪が積んであり、トイレは別棟、お風呂とお勝手は薪で焚くという昭和初期の前近代的な旧家、そんな家であった。

 さっそく家を掃除し始める。メンバーの一人の東野がトイレを掃除しはじめたら突然、「ギャーーッ」と叫び声がして飛び出してきた。大きな蜘蛛がいるというのだ。家の周りを掃除していた青木がまた、ギャーーッと大声を出す。アブがいるという。身体の大きな強そうな猛者たちも小さな虫にほんろうされて、ギャーギャーわめく様子は滑稽であった。

 

 家の整備をしているとこの部落の4年生くらいの子どもが様子を見に一人やってきた。柔道部員がギャーギャーわめく姿を見て笑って「こんなものこうすればいいんだよ」と腕を指し出しアブにとまらせて、パッと手でつかんでたたき落とした。それを見た柔道部は「おおーーっ!すごい!」と感心をした。そのたくましい小学生は名前を雄大といい、それ以後毎日のようにやってきては僕らの世話をしてくれるようになる。

 夕方になると当番を決めて夕食係と風呂焚き係。僕は風呂焚きから始まった。薪は入れるものの新聞紙を何枚使ってもうまく火がつかない。雄大が「こうやってやるんだよ」と見本を見せてくれる。あっという間に火がつくのである。

 

 夜になるとまたおかしかった。いままで見たことのない変な虫が部屋の灯りをめがけて飛んで入ってくる。身体が太くて頭はセミのようで、セミのような羽を持ちながら胸から腹までおおきなカマキリのよう。色は緑でオバケ虫と呼んでいた。それが入ってくると柔道部の連中は、ギャーーーーーーッ、オバケ虫ーーッ!と叫んで逃げ回るのだ。ここで僕は生まれて初めてナナフシを庭で見た。枯れ枝のような格好してゆっくりゆっくりと動いているのだがツンツンと刺激すると体を硬直させ動かなくなる。さらに風に揺れてるように見せかけて前後に揺らす。面白いと思った。しかし、柔道部の連中はとんでもない田舎にきたものだと驚いていたようだった。

B18.山奥生活の日々

  • 2019.08.02 Friday
  • 10:30

 岐阜の山奥での共同勉強生活は、高所で涼しくもあったが思いもしなかった虫との闘いから始まった。川沿いの道を歩くとアブが20匹ほどブンブン飛んで追いかけてくる。青木の実家の家は川沿いにあり、そこがちょうど泳いだり遊んだりできる淵のようになっていて、部落の子供たちのプール代わりの遊び場だった。

 昼過ぎ2時ごろのことである。その岩場に自分たちと同年代くらいの女の子が座って子供たちの水遊びを見ている。多分、子供の水遊びの監視役なのだろう。

おい、かわいい女の子が川辺の岩場にいるぞ。誰か、声をかけてみろ!

「お前、出て行って声かけてこい!」「いや、お前行け!」

男子校のムサクルしい男ばかりの柔道部と僕である。全員興奮して、家の中で大騒ぎとなった。

 

 朝、起きて高校ラジオ講座でテキストを元に勉強。当番制で食事を自分たちで作り、自分のペースで勉強をする。食事はバス停のところの小さな店で食材を調達し、自分たちで調理する。最初は、薪でくべるので食事の用意だけでかなりの時間をとられたが、だんだん慣れてきて炊き立てのご飯で食事ができるようになる。

 東野が「おい、いっぺんビール飲んでみたい」と言い出し、バス停のお店でビールを買ってくる。一日終わった夕食時にビールが出てくる。

あーーっ、うめぇーっ、ビールってこんなにうまいのかぁ」自分もお酒のビールがうまいと生まれてはじめて思った。これ以後、お酒が好きになってしまう。柔道部は、先生に日常の生活を厳しく忠告されていたがこのときだけは羽目をはずした。

 

 時々、小学生の雄大がやってきて遊びにくる。雄大の案内で山に登ろうとなった。彼はまったく自然児のようにたくましく、僕らを山奥に案内してくれた。親は林業で生計を立てているらしく「雄大、お前は大きくなったら街にでるのか?」と聞くと「オレはやだよ。ここが好きだから山の仕事をするんだ」という。なんだか、こいつはすごい大物になるなぁと感じた。

 

 夏が終わって下界に降りた最後の日、みんなで名古屋まで戻ってきて別れの記念に映画を見にいこうとなった。そのときはやっていたのがゴッドファーザー。

 ドショッ初の暗い部屋でマーロンブランドが花屋にくぐもった声で相談と話をする場面からしびれてしまった。マフィアの話なのに曲は「愛のテーマ」なぜ愛のテーマなのか。そこには、アメリカのかかえる人種問題、社会問題とマフィアの家族愛、ファミリーの結束、それが強いだけに対外的には極端な暴力となる閉ざされた世界を描ききっている。

 これを見て、アメリカにマフィアは絶対なくならないなと思い、日本のヤクザもそうなんだろうかと考えさせられた。今、自分の後ろや身の回りにもマフィアがいるんじゃないかとゾクゾクしながら帰途についた。

B19.進路と受験騒動

  • 2019.08.05 Monday
  • 14:06

 高校3年2学期も半ば過ぎ、大学受験に対してどんな進路にしようかと考えていた。家業の延長線で経済・経営方面に行くか、教育関連に行くか。教師を目指すならば「二十四の瞳」のじゃないけど島の教師にあこがれていた。自分の学力に見合った大学の学部を探すと、教育系の愛教大と南山経済・経営はなんとか合格ライン、その中で哲学科教室というのがある。別に哲学がやりたかったわけではないのだが、高校の時の出来事から思想というものに興味を持っていたのでこの学部かなとあたりをつけた。
 経済関連は、南山の経済・経営を受験することにする。その他の大学を受験しようとしたとき、ある試みが心の中に浮かんできた。


「せっかく、受験するんだ。受かるかスベるかは別として、東大や早稲田を受けたっていいじゃないか?

 担任の佐久先生に相談してみると。

「君の成績は偏差値が55だ。学部にもよるがこの能力で東大受験は無理だ」

「いや、受かる受からないはどうでもいいんです。自分を試してみたいんです。せっかくの機会なので受験してみたいんです」

「ほぼ、合格しないとわかっていて受験するのか?そんなお試しのために内申書を書いて受験資格を出すことは私にはできない」

 自分の能力で受かるとは到底思えなかったが、試験を受ける権利ぐらいはあるだろうからと食らいついた。

「お願いします。お願いします。この時期にどうしても受験させてください!」お願い作戦で頭を下げ続けた。

 当時、国立は一期と二期があり、東大は一期、愛教大は二期なのでそれぞれ受験することができた。業を煮やした先生はしぶしぶ、東大受験専用の内申書と早稲田用の内申書を書いて封書で渡してくれた。他の大学への内申書は封が開いていて中身を見ることができたが、東大だけは厳重に封印がしてあり、そのまま出すように申し渡された。多分、ウソの底上げ内申書が書かれていたと思う。今思うとずいぶん無理な願いをして迷惑をかけたものだ。

 

 さっそく、受験申し込みの手続きをする。ふと、気がついた。受験票を郵送で送ってくるとなると親に東大や早稲田を受験することがばれてしまう。このときも祖母のところで勉強をすると偽っていて、郵便局に自分の名前の郵便物は祖母の家の住所に送ってもらうことにした。

しめしめ、これでチャレンジ成功!

 

 年が明けて2月、受験シーズンを迎える。東京に出て先輩の下宿に泊めてもらい、最初に東大受験となる。受験といっても最初から受かるつもりはないので全くの観光物見遊山と同じで、「ほほーっこれが赤門かぁ、へぇーっこれが安田講堂かぁ…」きょろきょろと見回した。東大の校舎はツタがからまり、古そうで「なるほど、これがツタの絡まる校舎の風格だなぁ」と感じ入っていた。

 敷地内のあちこちに学生運動の立て看板が立っていた。安田講堂事件のなごりがあちこちに見られる。受験会場に入り、答案用紙が配られる。周りの受験学生を見渡してみる。学生服をきている人、普段着で着ている人…顔を見て「なんだ、たいした顔をしてるやついねぇなぁ。もっとキリッとした顔をしてるのが受験しにくるのじゃないの?」・・・自分の顔を棚にあげて同じ受験者の様子を見ていた。

 答案用紙を見ると設問に対して5〜6択くらいの選択回答である。設問の意味はさっぱり理解できない。答えもどれが正しいかさっぱりわからない。まぁ正解率1/5でも答えられるだけましだと考え、深く考えることなく回答して行った。答えが合う合わないは関係なく、とりあえず東大の設問を全問回答できたことで満足した。

 

 2日後、合わせて早稲田の試験。早稲田は答案に対して記述式であった。第1問、第2問、比較的簡単で答えることができてしまった。なんだ、これなら早稲田いけるかも…そう思ったら逆に心臓がドキドキしてきてしまった。第3問目から、わけがわからない設問で答えることができない・・・

 まぁ、一、二問答えれたからいいかと自分を慰め、時間いっぱいせっせと記述式答案をできるかぎり文字で埋めた。

 

 受験後、早稲田通りを歩くと古本屋街があってたくさんの古本屋が立ち並んでいる。数件ひやかしに覗いてみると、今では手に入らない古本がずらりと並んでいる。それらのすべてが学生生活を彩る、魅力的な世界だなぁと思いながら帰途についた。

B20.大学進学と思想

  • 2019.08.06 Tuesday
  • 16:34

JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

 

 大学入試の結果は予定どおり東大と早稲田は落ち、南山と愛教大が受かった。親からは南山の経済・経営に行くことを嘱望されたが、教育大に進むことにする。

 教育大の中でも哲学を選んだのは、政治と思想、宗教と人としての行き方に何かヒントが得られるかもしれないという気がしたからだ。しかし、ほとんどの講義では、眠たくなるばかりで何も得られるものがなかった。

 60年・70年安保が終わった後で、大学には立て看板は立ててあったが学生運動も下火となり、気が抜けたようなキャンパスライフであった。特に愛教大は立地からいっても他大学との交流もなく、孤立したような状況で活気はない。

 当時、学生たちの考え方に大きな影響を与えたマルクス主義、革命マルクス派、中核派、赤軍派などに影響を与えていたマルクス主義というのはどんな理論なのか、興味はあったがなかなかお目にかかるチャンスが無い。北海道から来ていた民青の女子にサークルに入らないかと誘われたり、キリスト教の人に聖書の勉強会をしないかと誘われたりもしたが、心は全く動かなかった。

 

 大学の講義の中で大矢という先生の経済原論だけは、面白かった。社会主義のマルクスの理論と資本主義の元になるアダムスミスの国富論を比較しながらの講義だった。

 アダムスミスは、18世紀近代経済学の出発点とされる「国富論」を著わし、「国や国王が経済を統制するのでなく、一般の商工業者の自由な産業活動を活発化させ、神のみえざる手にまかすことにより、国は自然と富み発展していく」というものである。現在の資本主義国、自由主義国の理論的原点となった。

 マルクスも19世紀に政治学者というより経済学者で「資本論」を著わし、「商品の価値を分析し、労働によって生み出される価値に資本家が余剰価値を付け加えて販売されている。資本家は余剰価値分を大きくとり過ぎている。これを搾取という」と定義した。資本主義は放置しておくと資本家と労働者に分かれ、労働者は永久に貧困から抜け出せず、好況と不況を繰り返し、最終的には社会主義社会に転化し、共産主義の社会が実現すると予告した(ヘーゲルの弁証法が後押し)。

 

 2人とも、経済学者であり、さらに哲学者であった。理論は実践面において20世紀において政治に影響を与え、さらにマルクスの場合は革命理論の中心を担うようになっていく。マルクスは、プロイセンを離脱して無国籍者となり、これが国という概念を外れるインターナショナルな労働者階級の国家を超えた活動を刺激していく。

 

 大矢先生の説は、次のようであった。

「2人の人生を比較してみるとマルクスは悲惨な人生を歩み、アダムスミスは多くの人に歓迎されて一生を終えた。その後の世界はマルクスの理論どうりに動いていない。資本主義は社会制度を取り入れて修正資本主義に変容し、社会主義は資本主義制度を取り入れて修正社会主義となり、この2つはお互いを批判しながらも区別がつかないほど似かよった社会に変容していくだろう」

 

  実際、その後の社会の動きを見るとソビエト連邦は崩壊し、東ドイツは消失し、中国は資本主義を取り入れた共産党独裁になっている。資本主義国も社会保障制度を取り入れて変容している。おそろしいほど先見性のある講義であった。

 この講義により、自分に大きな視点を持つことができるようになる。一つは、経済論というものはどういうものなのかということ。もう一つは、すべての思想の源流となっている哲学とはいったいいかなるものか。

 

 この講義によって、再度、南山大学の経済・経営に行って見ようかと思う下地にもなっていく。

B21.彼女との電話

  • 2019.08.07 Wednesday
  • 15:10

JUGEMテーマ:素敵な恋はあなた次第

 

 大学に入学して、最初の夏休みを向かえていた。澤田さんとのことは1年以上たっても想いが残っていて、彼女が結婚していたとしても人として、人間として付き合うことはできないかと考えていた。8月13日、お盆ならもしかして実家に戻ってきているんじゃないかなと淡い期待をしながら電話をかけてみることにする。

 

「もしもし、澤田明枝さんのお宅ですか?」父親らしき人が出て、彼女は今買い物に出かけていて夕方には帰ってくるとのこと。後ほど連絡をさせていただきますと言いおえて電話を切る。

 

やったぁー!やはり、お盆に里帰りしていたんだ!と思った。ワクワク、ドキドキしながら、夕方を待ち、再び電話をかける。ダイヤルを回す手が震えた。

 

「もしもし澤田さん?明枝さん?」

「いやぁーっケンちゃん?久しぶり…」いつもの明るい声が受話器から聞こえてくる。

「結婚するって聞いてたけど、盆だったら里帰りするかなと思って、電話しちゃった。今、家に里帰りしてるんでしょ?」

「・・・それがね、それが・・・」

そのことについてなぜか口調が暗い。

「・・・わたし、わたしね、彼との結婚…婚約不履行になっちゃったの・・・」

「えぇーーー?何で?」

彼女から聞かされる言葉は、いつも驚かされる。今度もこちらの想定外の答えが返ってくる。

 

 彼女の話によると結婚の約束は1年前にしたものの式の日取りが決まらず、何度も延期になったという。今度こそはと日取りを6月に決めたのだがそれも彼の気まぐれで流れてしまったとのこと。業をにやした上で、婚約解消をしたのは先月の7月だった。

 とっくの昔に結婚していたと思っていた。ところがそんな結末で今、彼女は傷心の日々を送っているという。

 

 なんということだ。相手の男性はとんでもないやつだと思う反面、やっぱりそんなことをする相手だったんだ、澤田さんのことが理解できない人だったんだと妙に納得をした。

「僕は、以前相談したとおり教育大に入ったよ。どうかなぁ、大学での様子のことも話したいし、また、一度会えないかなぁ?」

彼女の返事は重かった。

「・・・うーん、わたしね・・・婚約解消になってまだ間もないの。ちょっと気分を落ち着かせたいと思ってる。ひと月待っててくれる?そうしたら気分も落ち着くと思うから・・・」

 

 ひと月待つことにした。ひと月くらいなんのその。人の不幸を喜んではいけないが、これでまた彼女に会えるようになると嬉しかった。1年前は高校生だったが今度は自分も成長した様子を彼女に見てもらいたい一心だった。

 学生となって、コンパなどでお酒も飲むようになった。今度会うときは、スナックなどお酒の飲めるところで会いたいと思うようになっていた。

B22.再会と決別

  • 2019.08.10 Saturday
  • 16:13

JUGEMテーマ:素敵な恋はあなた次第

 

 今まで一度も彼女に対する自分の明確な意思を伝えることができていなかった。自分の気持ちを正面からぶつけることができないまま、彼女の状況を聞いてびっくりさせられることばかりだった。聞き役に廻ってしまうばかり。今度こそ、今度こそと思いながらも、いまだに思いを果たせずにいた。

 ひと月前の電話の後、もう一度連絡をとって栄のスナック・バーでおち合うことになる。

 

「久しぶりだね。ケンちゃん、大学生になったんだよね。なんかたくましくなったみたい」と彼女は笑った。

「大学生になって、お酒も飲むようになったんだからね」と言って、見栄を張ってビールから始まって、生意気にカクテルを頼んでお酒を飲み始める。

 彼女は高校時代と全く違う雰囲気をかもし出していて、大人の女性という感じで応対してくれている。婚約不履行になったということもあるのか、彼女に少しかげを感じながら、自分も背伸びしてお酒を飲みながら話す。

「高校のとき、明枝さんはすごく明るくで、僕にとってまぶしいくらいだった。明枝さんの話は、自分に影響を与えていてくれてたんだよ」思い切ってどきどきしながら切り出してみる。「ずっと憧れだったよ!」

 彼女は寂しそうにニコッと笑って…

「そんなこと言われると嬉しいけど・・・だめよ、わたしは…。それケンちゃんが一番知ってるでしょ?」

「彼の事も聞いたし、結婚するって聞いたんでずっと言えずにいたんだ。結婚したとしても人としてつきあってみたいと思って電話したんです。でも・・・僕はずっと明枝さんのこと好きだった。だけど言えなかった…」

 生まれて初めて告白をしたことになる。ところが、そこから急に彼女の雰囲気が変わっていく。

「ケンちゃんはねぇ・・・優しすぎるの!優しすぎてダメ!…弱すぎる…弱すぎるのよ。 だめだよ、わたしみたいなのに近づいてきちゃ…」

 

 お酒がどんどん進んでいく。飲み慣れていないジンライムとかソルティードッグとかカクテルを片っ端から飲んでいく。頭に、弱い男はだめだめだめという言葉がリフレインしていく。

「ケンちゃんとわたしは合わないの。わたしみたいなのはだめ!・・・あなたはもっと強くならなくちゃ。もっと強くなりなさい。男はもっと強くなってわたしなんか見返しなさい!」

 以前、優しかった澤田さんが厳しい言葉を投げかけてくる。それをお酒と共に受けながらどんどん自分が壊れていく。脚がフラフラになり、気持ちが悪くなって澤田さんにトイレで背中をさすられながらゲーゲー吐いた。吐きながら、とてつもなくみじめに感じていた。みっともない醜態を彼女にさらしてしまった。

 

 その後、どうなったのか、どうなって彼女と別れたのか全く記憶にない。気がつくと夜の公園の芝生の上で大の字に寝ていた。ものすごく気持ちが悪く、雨が降ってきて顔を濡らした。雨に降られるままで、顔や身体を濡らしそのままでずっと濡れるにまかせていた。

 彼女は2年前、どうして僕を金山に呼び出して大学生との恋を語ったのか?…1年前、婚約したばかりなのにどうして僕に会ってくれたのか?…そして、婚約不履行になってそれでも僕に会ってくれたのか?…そして、彼女に想いを告げるとどうして急に厳しい言葉を投げかけてくるようになったのか?…それらを走馬灯のように想いをめぐらしていた。

 今までと同じように優しく接していたらボクのためにならないと考えたのか、わざと断ち切るように切り口上で厳しい言葉をなげかけてくれたのだろう。

 

 とにかく、この出来事でボクという人間は一つ大人になったのは確かだった。