B6.新たな世界

  • 2019.07.14 Sunday
  • 22:58

 ダダダダダーンと2階から女の子が階段を駆け降りてきて、受付の係りの人に大声で言った。「二階の男子がいけないのよーっ!ちっとも準備しないんだから…」その入り口に立っている僕らを見て「あら、初めての人?ごめんなさい」急に大声出したことを恥じて恥ずかしそうにニコッと笑った。その人は、澤田明枝さんといい1つ年上の名短附の女子高生で、その後の赤シャツの人生を方向付けるキーとなる人であった。そのときは、威勢のいい女性がいるものだなぁと思っただけであった。

 場所は大須と矢場町の間にあって、外から見ると普通の家なのだが生長の家の名古屋の強化道場になっていた。そこに牧野とヨーボとモリ君とボクの4人でやってきたのだった。

 

 二階に上がるとワンフロアに60人くらいの名古屋を中心とした西三河の高校生が集まっている。生長の家の一泊練成会が始まった。廊下や階段で出会うと挨拶が手を合わせて「ありがとうございます」これがここの挨拶だった。宗教の話、そこから派生する皇室の話。

 そこでの話は驚かされることがいっぱいあった。自分はそれまで神とか仏とか考えたこともなく、全くの無神論者だったのだがそこに集まってくる同年代の高校生はほとんど神を真剣に信じていたのだ。そもそも、同年代の若者が本気で神や仏を信じている者がいるとは思っていなかった。自分の親が仏壇で手を合わせている姿を見たこともなく、自分のおばあさんがお寺に行ったりすることも信心ではなく過去の慣習からしているだけだと思っていた。

 

 生長の家の考え方はものすごく極端なものであった。「ここに物がある。物質世界があるように見えている。しかし、物質や物体は無い。この世に存在する真実の存在、それを実相という。この真実の存在を悟ったものがブッダでありキリストである。この世に存在する悩み、病、死、物質、それらは本来無いのである」「人間は神の子、君たちは一人ひとりすばらしい存在である」

 神道系なので天皇制養護の話も出てくる。その部分の話になったとき、ヨーボが耐えられなくなって家に帰ると言い出した。ヨーボの家はすぐ近くにあったのでしかたがないなぁと牧野たちで見送った。

 

 講義を受けた後、10人くらいのグループにされてくるま座になって一人ひとりの感想と感じていることを話すことをした。ほとんどが自分の悩みなどを話すのだがその中に、ひと際際立って明るい話をする人がいた。受付にダダダダダと2階から降りてきた明枝さんだ。その人が話すとひときわ場を持ち上げて全体が明るくなるのを感じた。

 

 一泊練成会が終わった後、 牧野とモリ君に聞いてみた「おい、神って本当にいると思ってるのか?」すると2人とも「当たり前だ。いるに決まってる」当然のように言う。2人とも家で家族もこの宗教に入っているとのこと。自分としては全くの驚天動地だった。同学年で神仏を本気で信じている者がいたなんて…しかも、自分のすぐ身近に!そしてそれを真剣に信じている人たちがこんなにいるという事実にビックリしてしまった。

 

 練成会も終わって牧野たちとも別れた後、久屋大通公園で沈む夕陽に照らされながら一人ただずんでいた。「あんなに真剣に神仏を信じている人たちがいるんだ。神っているのか?」なんだか怖くなってきた。

 けれどもひとつ思い方を直してみた!「神がいるとかいないとかより、ヨーボなどとの友情の方がいい。神なんかどうでもいい…同じ信じるんだったら友情の方を信じるぞ!」そう決意するのだった。

B7.夏休前の逢瀬

  • 2019.07.15 Monday
  • 22:34

 一泊錬成会の後、生長の家とは距離をとっていた。ところが学校で牧野からこんな申し出があった。

「この前の錬成会で澤田さんっていただろう?あの人がケンジのこと誉めてたぞ。いろんなことよく考えてる人だねって言ってた。何かケンジと話してみたいんだってさ」

 

 初めての会で会った女性からそんなこと言われて悪い気はしない。それにすごく明るくしっかりとした意見を持っていた印象があったので、こちらからも色々聞いてみたいと思った。

 大須の道場を教化部と呼んでいてそこで再び会って話すことになる。生長の家の高校生の集まりを生高連、学生の集まりを生学連と呼んでいて、教化部の一室は当時は学生達のたまり場になっていて、ガリ版や印刷機が置いてあったりした。明枝さんは笑顔で迎えてくれて「よく来てくれたわねぇ。あなたと話したいと思ってたの」と言って近くの喫茶店に連れていってくれた。

「この生長の家の高校生はみんな親の代から信じてやってるの?」

「親の代からの人もいるけどそうじゃない人もいるわよ。私なんか家で反対されてるくらいだから(笑)!でも入信のきっかけは親がやってたからってわけじゃない。みんな入信から確信にかわる動機はいろいろよ」

「明枝さんも本気で神を信じてるの?」

「もちろんよ。あなたが神や仏なんて全く信じてなかったとこの前言ってたけど、面白いこと言う人ねぇ」と言って笑った。

「皇室のこと擁護してるみたいだけどなんか、ボクには全く理解できないけど…」

それには彼女は応えずに、
「教えにあるみたいにこの世界は神の愛でできているのよ。私は確信してる。夏休みに4泊5日の高校生練成会というのがあるの。それに参加したら、きっと理解できるわよ。ねぇ、来てよ、あなただったら絶対ためになるから…」

 

 今まで全く意識することのなかった宗教、神、奇跡。共産主義や社会主義が唯物論の延長上にあり、唯心論・唯神論と対峙しているなんて知らなかった。こんな調子で4泊5日の泊り込み練成会なんて行ったら、頭がどうにかなりそうだと思ったが、牧野やモリ君もいることであるし、仲のいいスズキも誘って参加することにしてみようかと考え始めた。場所は岡崎近くで、お寺を借りて行う教化合宿だった。

 

B8.合宿練成会

  • 2019.07.17 Wednesday
  • 22:25

 宗教の団体の合宿に参加するということで、スズキとボクは洗脳されるのを警戒しながら過ごしていた。愛知県全体の生長の家に心服をする高校生たち150人ほどが集まっての合宿であった。合宿の中身は、講習を受けそれを基に座談会、ときどき浄心行という名のもとに掃除をさせられるのが主だった。

 講座は、人の生き方、想い持ち方、親と子のあり方、愛とは、奇跡は起きるか、現代社会をどうみるかなどの実例を交えた話。それまで宗教の話というと線香くさい話が多く、とても信じられるものではなかったが、そこでの話は当時の高校生に直接訴えるような感動的な話が多く、2日目にしてスズキも「いやぁ、感動したぁ、こりゃヤバイよ」と眼をウルウルさせていた。

 

生長の家の教義を要約すると…

物質はない 病気などはない(病があると思う心が迷いを生じて病となる) 人間は神の子 精神や心によって物質や運命が変わっていく 感謝が人生を変える 神に感謝しても親に感謝できないものは幸せにはなれない 日本には子・親・家の延長線上にすめらぎ(天皇)がある 報恩感謝が大切 この世界は物質ですべてできているのではない この世界を動かしているのは精神の作用、哲学的に考えて神の法則の世界

 

 講義が終ると参加者の体験談があり、その後、くるま座になってそれぞれ各自の感想や体験、各自の悩みなどを話し合い、みんなで解決策を述べていく。そんな中で何回か澤田さんといっしょのグループになった。

 澤田さんがグループに入るとそこだけがいつも明るい。また、困ったことや悩みなど他の人があっても的確にケアをしていく。その人に対する心づかいに感心をした。

 

 この練成会に来てみて初めて知ったのだが、同じ高校で生長の家の教えを知っている者が同学年で4人下級生で2人、全部で6人もいた。そして他の高校の人たちを知ることになり、人と人のこころの垣根が日を経過するごとにどんどんと取れていく。

 この会の最後に参加者全員で庭に出て集会を開いたとき、この会をお世話した方々として食事を出してくれたおばさん達が紹介された。考えて見れば会を運営する側の人だけでなく、会をお世話する人たちがいたのだが、それまで全く意識していなかった。多くの人の善意により成り立っているという…自分の持っている心の壁が解けていく感じがしたものだった。

 

 家に戻って祖母に聞いてみた「よく仏壇拝んでいたけど、本当に仏さんっていると信じてた?」

「いるに決まってるじゃないか」祖母は平然と答えた。いまさら、なんでそんな当たり前のこと聞くんだという顔をする。そんなやりとりをするようになった自分を不思議な感覚で見つめていた。

B9.練成のあとで

  • 2019.07.19 Friday
  • 17:59

 その後、自分の身の回りのあらゆるものに対して考え直してみた。自分の家族、自分の友達、自分の知り合い、それらの人に自分がどれだけ恩恵を受けてきたか、人だけでなく身の回りの物、机、いす、布団、家、学校…それらにどれだけ自分が恩恵を受けてきたか、それらにどれだけ感謝の気持ちを持って接してきたか。心が洗われ、心の中にあたたかいものがこみ上げてきた。

 

 いてもたってもいられない気分になり、練成会に行くきっかけになった澤田さんに電話をかけてみることにした。すると...

「いやぁー、ケンちゃん?電話してくれたの?うれしいわ。練成会どうだった?感想を聞きたいけど…練成会でのケンちゃん、すごくよかったよー」

「練成会でいろいろ考えさせられてね。一緒に行ったスズキも感動してたみたい。だいたい、僕は全く宗教のこと知らなかったし、神とか仏とか考えたこともなかったから…」

「中でくるま座で一人ひとり意見や感想をいうでしょ?ケンちゃんの感想や疑問、とってもよくわかる。私もケンちゃんの感想聞いてて、そうそう、そうなのって思って聞いてたのよ」

「僕は生長の家の考え方、わけがわからないからビックリすることばかりで今も半信半疑だよ…」

「でも人の想いってすごいものがあるでしょ?心の持ち方ひとつで世界が変わっていくなんて素晴らしいことでしょ?」・・・・・・・延々、1時間半以上も電話で話してしまい、電話を持つ腕がだるくなるくらいだった。このことがあってから、何回も澤田さんに電話をするようになり、彼女と電話をすると1時間半から2時間近く長電話をするようになってしまう。

 

 これ以後、澤田さんには生長の家に対する疑問、人生論、生き方、悩み、なんでも相談できるようになり、その都度、的確なアドバイスがもらえるようになる。そのアドバイスは生長の家の考え方に基づくものもあったが、彼女が体験した考えから導き出されるものも多く、ものすごく示唆に富んでいて関心させられた。

 彼女は自分より一つ上の女子高生で、ふっくらとした体形で目はパッチリとしていた。練成会の記念写真を見るといつも同じ角度で右60度を向いて写っていて、どうしてと聞くと「私はこの角度で写るのことにしてるの。この角度が私にとって一番キリッと写るから…」と笑って答えた。(性格は全く違うが、イメージではてのひらのボスのような感じ)

 自分が生長の家の教えに心酔していくというより、彼女自身に自分が心酔していって、彼女からの言葉を反芻して自分の考えに取り入れていく…なんだかそんな時期を過ごしていくことになる。 彼女は、そのときそれほど明るくて魅力的だったのだ。

B10.生徒会執行部に挑戦

  • 2019.07.20 Saturday
  • 19:00

 2学期の中頃に入ると前期と後期の入れ替わりとして生徒会の選挙があった。昨年は授業料値上げ反対のストライキでもめにもめたが、それから1年が経とうとしている。そのときは生徒会にシンパシーを感じていたが、その後生徒会を牛耳っているのは民青という組織だとうわさされるようになっていた。

 自分も一時期、民青の考え方にシンパシーを感じた時期もあったのだが民青の正式名称は、民主青年同盟で日本共産党がバックで支援しているという話を聞くようになるとなんだか興ざめをしてしまっていた。同じ学校で生長の家に関わる者たちが8人くらいいた。その中で全学連系の考え方に生徒会が牛耳られてるだけでいいのかと言われ始めていた。

 

 昔からの友人ヨーボは親民青派だったが、この頃よくヨーボと戦争と平和・安保・社会体制など、徹底的に何度も何度も議論した。この頃の小田実の「なんでも見てやろう」の本は非常に魅力的で何度も読んだ。漠然とではあるが人の財産や生活が平等である社会主義体制もいいのではないかとも思っていたくらいだった。小田実は、べ平連を立ち上げ、成田三里塚闘争、反戦九条の会の呼びかけ人の一人である。

 当時は安保体制も含め、世界が資本主義と社会主義に二分され、核兵器の恐怖におののいて、いったいいつ第三次世界大戦と核戦争が起きるのかという不安の中で毎日の生活を見ていたものだった。

 

 ただ普通に生徒のためにしてくれていたと信じていた生徒会の上級生たちが、実は何か別の政党に動かされていたのだということを聞いたとき、自分は快く思わなくなってきていた。さらに生長の家の考え方を知ったボクの頭の中は、戦争と平野・国を守る・社会主義・資本主義・自由・生き方、そういったものが渦巻いて何が正しく何が間違っているのか整理できないまま、混沌としていた。

 生長の家のメンバーが生徒会に突き進んでみようと言い出し、自分も誘われてしまうことになる。二年の後期、流れでとうとう生徒会の会長に自分が立候補することになってしまう。副会長は牧野、会計はモリ君、書記は一年生の富浦。

 

 今度出る新人たちは全員右翼で生徒会に立候補者を出すという情報が民青のメンバーに伝わり、そこから全校生徒にその噂を広められ一気に学校中が騒然となった。ずっと民青派が生徒会を牛耳ってきたわけだが、どんなことになるのか戦々恐々となってしまった。

B11.混乱の選挙騒動

  • 2019.07.21 Sunday
  • 22:45

 たかが高校生の生徒会の選挙ではあるが大人たちの選挙以上に大変で、今までになく右翼・左翼が取り沙汰されたので大盛り上がりとなり、当時の高校生達にとっては一大事であった。ポスターを作って掲示板に張り、チラシを作ってみんなに手渡しする。現代でいうと既成政党の自民党に対して超過激な少数派の新党が挑戦するようなもので、民青は既成政党のようなもの、そこに新進気鋭の少数野党の僕らが政権を狙うようなものだ。

 僕らは多勢に無勢で、自分たちの描いたポスターを破られたり、チラシを燃やされたり、かなりひどい選挙妨害をされた。でも、そんなことをされればされるほど、どんどん気力が増してくる。

「なんて卑怯なことをしてくるんだ。自分たちと違う考えというだけで卑劣な妨害をしてくるなんて。よーし、正々堂々とぶつかってやるぞ!」

 

 そんな中で、今まで話したこともない上級生が接触してきた「お前の思想は何だ?考え方次第では協力するぞ。我々はシャセイドウだ」と話しかけてくる。

 こちらが「射精同?」と聞き返すと「いや、社青同、社会主義青年同盟という」後でわかったが、社青同とは社会党が組織する学生たちであった。他にも革マル派だとか中革派だとかいろんな団体にかぶれた人が声をかけてきた。

 卒業生が校内に入ってきて「君たちはどんな考えなんだ。民青を駆逐するのなら協力をするぞ」その人は後でわかったのだが、浅間山荘事件を引き起こした連合赤軍の加藤兄弟の一人だった。(怖い怖い...くわばらくわばら)

 

 本当によくわからない。同じ左翼系でも反民青の人たちがいろいろいて全く違う僕らに協力しようとしてくるのだった。全学連の内ゲバを目の当たりに見るような感じだった。

 ただ、不穏な外部からの声とは一切関わらず、自分達の思った通りに突き進むことにした。

 

 元生徒会を牛耳る民青はA群のインテリを推薦で出してきた。A群というのは成績優秀の者だけ集めたクラスであり、自分はストライキ以後試験を白紙で出したりしていたのでB群であった。

 高校生の選挙といっても運動場に設けられた壇上に立って2000人近くの生徒の前でマイクで演説をするのである。それなりの度胸がいる。

 

 演説会が始まった。民青側の候補者はメガネをかけて、紙に書いた原稿を読み上げてありきたりの演説。なんだ、こんなものかと思った。次に自分の番、原稿無しで二千人の生徒の顔を見て大声で演説を始めた。

「この生徒会の選挙は一体どうなっているんですか?ここは高校の生徒の為の生徒会の選挙です。ここでは政治も政党も主義主張も全く関係ないはず」

「大事なのは何ですか?高校生として、この学校の高校生活をいかに面白いものにできるか、やる気ある毎日にできるか、それができそうな執行部を選べるかどうかです。それがこの選挙なんでしょう?右翼も左翼も関係ない❗」

 「右か左かで相手のポスター破いてきたり、誹謗中傷したり、妨害したりしてくるのはもっての他です。変えなければいけないのは生徒会であり、自分たちのこの学校です❗」

そこまでまくし立ててから生徒会で立候補したら何をするか言おうと演説してたところ、100人くらいの民青のシンパの人らに演台を取り囲まれてしまった。取り囲んでヤジをあびせられて次からの候補の演説を妨害されてしまった。

 1年年下の富浦は身の危険を感じて逃げ出したが、自分は壇上から降りられず、壇上の下で待機していた牧野とモリ君は取り囲まれてぎゅーぎゅー詰めにさせられてしまった。

 さんざんな目にあって、やっとのことで運動場の演台から逃げ出すことができたのだった。

B12.病院へお見舞

  • 2019.07.23 Tuesday
  • 23:28

  生徒会の立会演説が終わって投票が行われ、執行部が決まった。800票対500票で落選、他の生長の家のメンバーも当然全員落選であった。票数結果を見て当然とも思い、ある意味でホッとしていた。逆に民青に担ぎ上げられた新会長はうまくやっていけるだろうかとひと事ながら心配になってくるくらいだった。

 近づいてきた左翼の連中たちからも「よくやったなぁ。なかなかやるじゃないか」と廊下越しに慰めるように言ってきたが、そんなのどうでもよかった。

 

 数日たって、担任の先生から小林が手術して入院しているという話を聞かされる。小林は中学のときから仲がよく、よく遊んだりしたが高校になってからあまり顔を見なくなっていた。仲間に聞くと彼は大手ガス会社の社長の息子で裕福な家柄なのだが、骨肉腫のガンで右足を切断して、ものすごく気落ちしているとのこと。あの元気なやつがと驚いた。見舞いに行ってやろうとも思い立つと同時に、生長の家の教えの”物質は無い、肉体はない、病気はない。人間は精神の存在である”がなにか元気づけにならないかと思い、澤田さんに電話で相談することにした。

 澤田さんはすぐに反応して、いっしょに見舞いに来てくれることになった。澤田さんの考え方と明るさが、何か本人の気力の立ち直りのきっかけになるようなそんな単純な気持ちが自分の中に沸いていた。

 

 名市大病院なので、瑞穂通りの桜山駅でおち合い、病院に入ろうとすると澤田さんが、

「私、やっぱり病室にまで行くのは遠慮する。この生長の家の雑誌をケンちゃんが持って行ってあげて。私の感じるところ赤線を引いておいたから…」

 雑誌には心が落ち着く文章にていねいに線が引かれていた。それもそうだと思い、その雑誌を持って病室に入った。病室にはおばさんらしき女の人が座っていて、ベッドに小林がパジャマを着て寝ていてマンガを読んでいた。声をかけたが全くこちらを振り向かない。おばさんが「ほら、お見舞いにきてくれたんだよ。あいさつして…」と言ってくれたが、暗い顔をして無気力に、うんと言っただけだった。「こんな身体になっちゃったからねぇ、せっかく来てくれたのにごめんね」と申し訳なさそうに僕の方に言った。

 

 元気だった小林だが、脚が根元の方から切断されてしまっているのだ。ショックで、そして自分の未来に対して絶望しているような投げやりな様子。それに対して何も言ってやれない自分がそこにいて、茫然と澤田さんから預かってきた本を渡すのが精いっぱいであった。