1.なぜか南山に?

  • 2019.05.15 Wednesday
  • 01:23

 あれは、今から45年も前のことになる。4月3日、春爛漫の桜吹雪が舞う南山入学式の学内のことであった。大学の門への坂を登り、門をくぐって研究棟や講義室の方へ向かっていく通路を、これからどんなことになるのか、期待と不安を持ちながら歩いていた。

 大学の入学式とはいうものの学生にとっては退屈なもの。それより通路の両側に露店のように立ち並んで各サークルが新入生への入部勧誘合戦が繰り広げていた。運動系山岳部、音楽サークル、テニス部、洞窟研究会、演劇部などテントや机を出して新入生にアピールをしている。

 その中にひとつ小さなサークルが数人の新入生を捕まえて話しかけていた。少し太っちょの女子学生が話しかけてくる。「人形劇団 てのひらでーす。新入生歓迎でーす。入りませんか、入りませんかぁ!」

 心の中で、”人形劇か。そういえば神野もそんなことやってたなぁ。でも、サークルに入るのは…入ればヤバイから…” そう思いつつ、並べられた人形をキョロキョロと見てその場を通り過ぎようとした。その様子に入部の気があると思われたのか、背の低いガタイの太い学生と細長の髪がモサッとしたひょろ長い学生が両側で腕を絡ませてきて、ニカニカ薄笑いを浮かべながら自分を引きずるように引き込んだ。一つの空いた教室に連れていかれると、新歓用の教室が1つ確保され、そこにはもうすでに、数人の新入生が座らされていた。

 後でわかったことだが、最初に声をかけてきた女性はボス、太っちょの男子学生はブッチャー、髪がモサッとしてほそ身の学生はヨーくんである。このサークルはすべてあだ名で呼ぶ風習があった。他にもオオマサ、チビ太。人形劇部員というと女が多いと思いきや、意外に男子部員が多いのに驚いた。

 

 自分には一つ大きな秘密があった。半月ほど前、南山学内での合格発表の時のことである。当時は大学合格通知を見に、大学構内の発表掲示板の前にいた。自分は、南山の入試を受けたわけではないのにここにやってきていた。合格通知掲示板をじーっと眺めていて、数ある合格者の中で経済学部の終りの方に一人の合格者の名前を見つけ、見つめた。

「2914 磯部 策司 イソベサクシ」 この名前をじっと見つめ、心に刻んだ。

”イソベサクシかぁ。いかにも詐欺師のようなペテン師のような変な名前だな。でも、経済学部だし、サボりが多そうな…こんな名前でいいかも…”

 

 自分の本当の名前は、山本健司。別の大学、愛教大の学生であったのだが、今日からこの学生になりきることにしていた。

 前年、教師になろうと教育大の哲学科に入ったのだが、なぜか毎日が平凡で退屈で面白くない。大学の学生生活の仕組みを見てみると講義は誰でも受講することができる。教室に部外者が入っていても、どんな人間が混じっていてもわからない。だったら東大だって、早稲田だって授業が受けられるし、面白い人間もいるかもれない。

 そんな思いが沸きあがってくる中で、ある朝、大学校舎前の丘陵地、通称サボリが丘に座っていると無表情な学生たちがバス停を降りて学棟に向かって黙黙と歩いてくる。「自分もこの中の一人か?」そう思ったとたん、一気に嫌になった。そして、この大学からドロップアウトすることを決意した。

 

 当初は東京の大学が集中しているところを狙って、休みに何度も東京の友人たちの下宿を訪れ、そちらで受講できないか計画を立てた。しかし、親に察知され、猛反発されて許されることはなかった。仕方がないので、昨年受験した経験のある名古屋の南山大学をターゲットにして、現大学をサボり、通っているふりをして内緒で通うことにした。南山なら近くに名大も福祉大も中京大もいっぱいあるからと考えたからである。

2.人形劇入部

  • 2019.05.15 Wednesday
  • 17:46

 教大生の中にあって、一人異彩を放つ神野という人物がいた。彼は鹿児島大学に入学したのだが2年後にそこを辞めて愛教大に入り直したという。”大学紛争、全共闘の闘志” だったから、それで問題を起こしてこの愛教大に来たという。当時、60年安保から70年安保の余韻が少し残っていた時代のことである。

 自分にも経験があった。高校のとき、学生運動に影響を受け、大変な騒ぎを起こしたことがある。授業料値上げに対する反対で全国初、生徒会が授業ボイコット、ストライキを扇動し、学年代表の一人として理事長邸宅に押し入ったことがあったのである。当時高校生まで学生運動するようになったかと新聞やテレビで報道された。高校時代は左翼から右翼、そして、宗教関連まで手を伸ばし、大暴れをしたことがあったのである。

 

 全学連だった猛者のような神野が人形劇クラブに入り、女の子が喜びそうな人形を楽しそうに操っているのを目撃した。そんなミスマッチな様子が心の底にこびりついていた。もしかすると、人形劇には人を何か引きつけるもの、面白いものがあるのかもしれない…そんな予感が少し走った。

 

 新入生勧誘用の部屋に連れて行かれると他にもいた新入生は一人ひとり学部と名前と各自の自己紹介をさせられはじめる。”これは、ヤバイ! この中に本物の磯部 策司がいたら、経営学部の上級生がいたら…。こんなところに、のこのこ来るんじゃなかった!”

 一人ひとりの自己紹介が進んでいく。冷や汗が出てきた。「いっいそべ、さくし です…」小さな声で恐る恐る自己紹介をした。幸い、順番が後ろの方あり、本人はいなかったのでなんとかセーフ。しかし、そこには経営学科の学生が何人かいて、冷や汗が止まらない。

 前の大学ではアーチェリー部に入っており、新人戦で愛知県3位だった。アーチェリー部に入るのも頭をよぎったが、それに入ったら、教大生と大会で顔を合わせることもあり、新人戦で出会った選手が覚えているかもしれず、あっという間に自分の素性がわかってしまう。仕方がないのでとりあえず人形劇てのひらにエントリーすることにした。学生証を提示することになったり、大学に入部の手続きが必要になりそうなことになったら、即、退部するつもりでいた。

3.シャツの由来

  • 2019.05.15 Wednesday
  • 22:52

 南山での学生生活が始まった。経済や経営の授業はほとんど出た。ありがたいことに磯部策司には全く出会わない。予想どうりのサボリ魔だったようで、こちらも講義や学棟では段々気が緩んできた。但し、講義は全く面白くない!講義に使いもしない分厚い講師や教授が書いた本を何冊も買わされたのには閉口した。どうせ、講師や教授がどこにも売れない本を書いて、講義を受けた学生たちに売りつけているのだろう。

 

 ときどき、運動場の端の方にある人形劇の部室に行くようになった。

 部室には、よく、ボスやヨー君、マキコ、オオマサがいて、ボロボロのギターで陽水や拓郎の曲を大声で歌っていた。

 ボスは、太っちょだがとっても優しくて、自分が浮かない顔をしているとすぐに気がついて声をかけてくれた。高校時代に好きだった人に雰囲気が何となく似ている。勿論、顔も声も違うのだが、てのひらと仲間のことをすごく大事にしているような...明らかに確かにてのひらのボスというにふさわしい存在感があった。

 ヨークンはスリムで見かけはかっこいいのだが、キャシャで顔がプードルのよう。サークルの主幹を務めていて、ボスと仲が良かった。

 

 自分は、高校卒業のとき、お祝いに父と着る服をデパートに買いに行った。2人ともファッションには全く知識がない人種である。そのデパートに格安の緑色のブレザーを1,200円で売っていた。少々、大き目であったが格子状に黒の線が入り、その中に黒の点線が入っている。安いので買ってしまった。合わせて、赤いコーデュロイの長袖シャツを買った。自分で服を買いに行くのはそれが初めてである。

 赤い長シャツを着て、緑のブレザーを羽織ってキャンパスをうろうろしていると、その姿をチビ太が見つけ「あーっ!ボールペン原紙みたいーっ!それってボールペン原紙だろー?」と言ってからかって笑ってきた。言われてみれば、確かにボールペン原紙そっくりであった。、恥ずかしくなってブレザーを脱いだ。危うくあだ名をボールペン原紙とつけられるところだった。

 元来、ファッションセンスはない。持っている私服は少ない。いちいち着替えるのは面倒なので毎日赤いコーデュロイの長シャツを着て出かけた(多分、5月中ごろまで着ていたと思う)。

 キャンパスで仲間と出会うと、いつ見ても赤い長シャツを着ている。いつの間にか、自分のあだ名は「赤シャツ」になってしまった。赤シャツはという名は夏目漱石のぼっちゃんに出てくる意地悪い教頭を思い出す。ちょっと不満だったが、ボールペン原紙とあだ名されるよりはいい。甘んじて受けることにした。あだ名で呼ばれるてのひらのサークルの中では、本名を隠すのにちょうどよかったのである。

 

4.サークル開始

  • 2019.05.16 Thursday
  • 11:42

 新入生の勧誘は入学式以降も続けられ、続々と新入部員が入ってきた。

 バケ、シオカラ、スルメ、ユキコ、ヌーボー、とん平、ハン、べー、アシュラ、…

 あだ名は、男子に女のようなあだ名がつけられ、女子に女子とあるまじきあだ名がつけられていくことも多かった。

 ユキコなんかは、男なのに名前が幸信なのでなぜか、ユキコ。とん平は、小柄でとっても可愛い女子だったが、なぜかとん平。「トットコトット、トン平〜、トットコトット、とん平〜」とからかうと顔を赤くして頬を膨らませて怒ってきた。

 バケも小柄でかわいかった。明美のアケからバケに化けた。ヌーボーは背が高く大柄な男で、どちらかというとぬーっとしてたのでヌーボーと付けられた。

 スルメは、細身で髪の毛の長い肌の色の白い女の子であった。目が細く、顔がスルメみたいだったのか、どうしてそんなあだ名になったのかよくわからないがそんな名前、少々かわいそうだと思っていた。自分は、男子校だったせいか、どちらかというと長い髪の子が好みであった。

 シオカラも顔からつけられたような…なんとなく塩辛顔なのだ。

 

 新入生歓迎の人形劇を見せてもらうことになった。演目は、「お手紙」ガマ君とカエル君の友情で、手紙をもらったことのないカマ君にカエル君が手紙を書いてカタツムリに手紙を届けさせる話だ。初めて、舞台装置、ケコミが組み立てられた。

 こころなしか、ワクワクしたのを覚えている。話はとても暖かいもので女の子たちはいっぺんで人形劇のファンになってしまったようであった。

 

 週末、土曜日には、練習が始まった。いきなり、発声練習。校舎裏の丘に向かって、

ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ

カ・ケ・キ・ク・ケ・コ・カ・コ

サ・セ・シ・ス・セ・ソ・サ・ソ

・・・・

 大声で練習をするのである。人形劇であるにもかかわらず、腹筋・背筋・腕立て伏せ そしてランニングもさせられた。なんだ、運動系じゃないのか…。

 早口言葉 アメンボ赤いなアイウエオ お池に小エビも泳いでる も大声で言わされた。

 

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